本書のタイトルだけで判断すれば、けっして私が手に取ることはない本です。しかし偶然、書店で目についてしかも著者が成毛眞ということで読むことにしました。
私は、言葉について考えるための著書『未来は言葉でつくられる〜突破する一行の戦略(著者:細田高広/ダイヤモンド社)』をすでに取り上げました。
今回は、文章術(書き方)について役立つ本をご紹介します。
最初にお断りをしておきます。本書を読めば、バズる記事が書けるようになり、人(アクセス数)やお金(稼ぎ)を引き寄せられるかもしれないという誤解のないように。
本書には、釣り記事の書き方やタイトルの付け方など、そういう「バズる」ための小手先の即効テクニックや具体的なノウハウが書かれているわけではありません。
著者の本を読むのは2冊目です。
1冊目の『本棚にもルールがある』(ダイヤモンド社刊)は、本棚の整理に悩んでいたことから興味をもち、また同書の終わりには「特別付録[HONZ特製]Webで読まれる書評の書き方」があって、それが私の現在の書評エッセイという書き方の気づきやヒントになったからです。
さて、著書はご存じのように日本マイクロソフト元代表、その後、投資コンサルティング会社インスパイアを創業。さらに、ノンフィクション図書のオンライン書評では国内を代表するHONZを開設し代表も務めています。
「バズる」あるいは「バズらせる」という言葉は人にもよるでしょうが、その響きにはネガティブなイメージがついてまわります。
誤解を恐れずにいえば、この言葉にはぜひ読んでほしい、とにかく思いを伝えたいことより、とくに重要でもなし知らなくても不都合や不便さがない情報や内容を、小手先で釣れるタイトルの付け方、手っ取り早いネタをうまく記事化する方法など、本質的な内容よりとにかくクリック数を集めることが目的化しているように感じられるからです。
もとより、それが目的ではない人たちがいることも承知しています。
私自身はバズることを意識してタイトルを考えたり、SEOで上位表示されやすいキーワード(言葉)を探してタグ付けを意識したことはありません。
そうした書き方やキーワードの使い方などはウェブ上にも情報がすでに溢れているし、それらに関する指南書が書店にいくつも並んでいます。しかしそれらがどれほど効果を発揮するのか、私は試したことがないので判断はできません。
SNSの日常化がもたらした「1億総書き手」時代
かつて、「一億総書評家社会」ということを、私はブログで述べたことがあります。本書は、「一億総書き手時代」において、プロではないが日常的に文章をSNS投稿(情報発信)している、そういう普通の人たちが書くときの文章術(留意点や表現の工夫)を指導してくれます。
著書の「バズる」という考え方は、“何かしらの文章を発信し、広く人々に読まれることで影響力を発揮する”ことだと。
つまり、情報発信したことで、それが人々の言動にいささかでも啓発や影響があることを「バズる」と著者は考えています。意味や価値のない話をSNSにアップしてクリックさせ、とにかくアクセス数(PV)を稼ぐことを目的にする考え方とは一線を画しています。
そして、“職業的には文章と無縁の世界にいるアマチュアのほうがSNS上で大化けする可能性が高い”とも語ります。
もっとも私の場合、文章(エッセイ)を書くことを自分では「趣味」としているので、そういう点では普通のアマチュアとは少し違っているかもしれません。
スマホネイティブな文章、漢字の閉じ開き
いうまでもなく、今日の文章はほとんどがスマートフォンで読まれています。まず文章の見栄え(読まれやすい文章)は、たとえ投稿をPCから行うにしても、スマートフォンネイティブを意識した文章に整えるべきことを主張しています。
読みやすい文章は、まずなによりも漢字の「閉じ開き」があるといいます。
これは、いたずらに漢字を避けた文章のことで、つい漢字を使いたがる傾向がある人には戒めています。また、同音異義語(意外と以外、暑い/熱い/厚いなど)は、変換癖が染みついているのでそこはうっかりとしないように。
さらに、無意識的な語彙づかい、文章の癖(書き癖やパターン)などにも注意を払いながらつねに調整を怠らないことです。
読みやすい文章の条件
著者は、SNSでは「エッセイ」に近い文章、才能よりある文章に感動したり感性を刺激されるような感受性が大事だと。私もそれには同意しますし、これにもしプラスすることがあるとしたなら好奇心です。
私がブログ(エッセイ)を書くときは、個人的な関心や興味、本を読んだとき、ニュース記事に接する、イベントなどへの参加、人との会話、街で見かけたものや現象などのほか、スポーツ観戦から海外ドラマを見たときなど、好奇心があればさまざまに文章を書くためのテーマや機会はいくらでも見いだせるでしょう。
接続詞(だから、しかし、したがって、しかも等々)、副詞(むしろ、たしかに、もちろん、なにしろ等々)は、短文・中文・長文などで適宜おりまぜて文章にテンポをもたせるのに役立ちます。
また正式な文章では、助詞(いわゆる「てにをは」)を入れるべきところも文章のリズム優先でその有無を判断することが重要。また、接続助詞(ので、ところで、けれど)も同様。
読点とはちがい、句読点はだれにも悩ましい課題なのですが、“リズムをよくする調整役として接続詞を入れるときには、「、」は打たない。”という言葉になるほどと得心しました。
とにかく重要なのは、文法的な「正解」や「正確さ」による文章を求めることではなく、見た目の読みやすさとリズムを大切にすることを優先すべきと。
また、接続詞と副詞を多用するとうっとうしくなりキレがなくなるので、「ここぞ!」というところで使うことをすすめています。私は上記のふたつを使う癖があり、そうした自分の癖を指摘されたようでドキッとしました。
心地よい「グルーブ感」が大切
読ませる文章には、読んでいて「心地いいリズム」があり、著者はそれを「グルーブ感」という言葉で表現しています。
なんとなくわかってはいたのですが、この著者のようにグルーブ感を自覚して文章を書いているわけではありません。しかし、無自覚的に書いている私にはあらためていくつかの気づきがありました。
私自身は書きたいようにただ書いているだけで、けっして自分がいい書き手だと思ったことは一度もありません。文体も少し硬く、なにより分量が多いので読んでくださる人もかぎられています。
当たり障りのないあるいは無難な文章ばかりではあきられるので、ときには賛否両論的なテーマを使うこともすすめています。
ただしその場合、扱いによっては炎上のリスクがあることは承知しておき、持論ははっきりとは書かずにそれとなく文中に忍ばせる工夫をすることだといいます。
さらに、批判的に語るときには少しくだけて書き、ポジティブに最後を占める文章にすることを提唱しています。だからといって、もちろん炎上しない保証があるわけではありません。
また共感を得るには、内容について考え抜いた説明的な文章はつまらなくなるので、それについて気のおもむくままに書くのがよく、感想や印象を素直にこころのままに文章化するようにとのご指南。
またレビューを書こうという意識ではなくレコメンドを心がけ、とにかく短く最後の一押し(一言)が効果を高めると。
「エッセイ」こそ自在な文章の極意。それでも工夫が大事
だれでも文章の基本として教科書で習うのが「起承転結」。これは確かにそのとおりですが、常にこの範型で書いていると面白みに欠けます。整いすぎた優等生的で無難な文章は、人の印象には残りにくいものです。SNSは論文や記事ではなくエッセイなので、教科書の教えどおりに書くことにこだわることはないと語ります。
なぜなら、エッセイとはもっとも自由な散文形式による文章なのですから。
私もかつて、型どおりの見事な「起承転結」の文章に仕上げたいと意識していましたが、そこから解放されたことで、いろいろなテーマについて自由自在に書けるようになりました。書評も型から入って失敗し、ようやく自分流の書評エッセイのスタイルを確立できたからです。
さて、人は文章を書くとき、どうしても自分が伝えたいことばかりに意識が向いてしまいます。伝えたいことの背景を、共通認識として念のために入れることを忘れないようにすることが大切ですが、長々と書くのではなく軽く触れる程度にとどめるのがコツとのことです。
また、伝えたいことは段落ごとに区切って明瞭にする工夫をする。協力などのお願いごとは押しつけがましくならないようにとの配慮や忖度は不要で、むしろストレートに訴えるほうが効果的だと著者は述べています。
それでもバズるのは不確実
長年、ブログをはじめとした多彩なソーシャルを活用してきましたが、SNSあるいはブログなどではなにがバズるのかはそれでも難しいと感じています。
読んで(バズって)欲しいと渾身の思いで書いた文章にさして反響がなく、何気なく書いたものが多くの人に読まれたりシェアされたりした経験が何度もあるからです。
そのたびに思うのです。ソーシャルメディは難しいしわからないものだと。
本書は、著者のSNSのさまざまな投稿実例を添削指導的に使い、普通の人たちに向けたSNSに投稿する文章の書き方の勘所を教えてくれる内容で、報告書などを作成するときあるいはメール文などでも、書き方についての内容はきっと役立つでしょう。
とにかく、SNSの投稿は論文、小説ではなく「エッセイを書く感覚」が一番だという主張にはとても納得しました。
「目新しさがないと」と人がいう本の読み方
本書は、どちらかというと文章術を知りたいまた学ぼうという初心者に向けて書かれています。ですから、私も文章は書き慣れているつもりではあるのですが、とくに日常的に文章を書いているプロのライター、文章術についての本をこれまでにいくつか読んでいる人などには発見はないかもしれません。
そうした人には、ほとんどが知っていることばかりで目新しさがないと感じるかもしれません。アマゾンのレビューなどで、もそうした書き込みは散見されます。
こうした初心者向けの入門書的な著書に接したときこそ、しかしその人の読書にたいする姿勢が問われます。
本人は無自覚的にできることでも、それを他人に伝えるあるいはやり方をわかりやすく説明するとなると案外むずかしいものです。
そうしたことを、本人に変わって著者が丁寧に教えてくれるのだから、むしろありがたいと思うべきなのです。
私は、これまで本書のような文章の書き方についての本を読んだことがなく自己流です。
ですから、本書を読みながらむしろ自分の文章の癖、つい使いがちな言葉や表現、文体、書き方のパターンなどについて再考するとてもよい機会となりました。
どこで知ったのかなにかの本で読んだのかもう記憶にないのですが、<読書(良書だったかもしれません)の半分は読者によってつくられる>という言葉をいまでも覚えています。
書店の文章術コーナーには、驚くほど数多くの著書が並んでいます。これまでいったいどれほど刊行され、これからどれほど刊行されるでしょうか。
それほど、人は「文章を書く」ことを渇望しながら悩み迷っているのだということがわかります。
デジタルが進んだことで、むしろだれでもが書き手になるような(1億総書き手)社会だからこそ、すべての人たちに文章を書く技術が求められています。
結局、人は文章でなにがしかを表現することはやめないでしょうし、それから逃れることもできないのです。
最後に、「文章力はいらない」と著書は述べてはいますが、それはプロのような巧みさはいらないということであり、やはり書く力は試行錯誤を繰り返しながらなんでもよいので<書く習慣を養う>ことが重要だというのが個人的な実感です。
そのために、私はいつでもメモを携帯しています。電車内や空き時間などに思いついたこと、街で見かけたなにかに触発されたこと、ニュース記事などに接して考えたことなどすぐにメモしておくことで、あとで文章を書くときにとても役立ちます。
ちなみにメモ帳は、コクヨの「ソフトリングメモ」の方眼紙が個人にはおすすめでずっと愛用しています。
私の食わず嫌いなタイトル本だったのですが、それとは裏腹に小手先のバズるテクニック術ではなく、以前に紹介した『「普通」の人のためのSNSの教科書』(著者:徳力基彦/朝日新聞出版)と同じく、プロの書き手ではない<普通の人たちのためのSNSでの文章術の指南書>といった内容で、文章術の基本を教えてくれる著書です。
本書はSNS担当者やコミュニティ運営者、マーケティング関係者だけではなく、ビジネス文章の作成やメール文を書くときなど、さまざまなビジネスパーソンにもヒントや示唆があり役立つだろうと感じます。
また、ソーシャルメディアがノーマルな子どもたちも読むとよいだろうと思います。
本書を読んだ人は、文章の書き方にヒントやなにかしらの気づきを得るだろうと感じます。今回も、本とのうれしいセレンディピティに感謝。
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