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【書評】未来は言葉でつくられる〜突破する一行の戦略(著者:細田高広/ダイヤモンド社)

言葉や表現するということについて、多くの人たちがとても高い関心をもっています。

言語化力、語彙力、話し方、伝え方、スピーチ力(演説、講演、プレゼンテーションなど)から雑談力のテクニックにいたるまで、実に多様な話し言葉から書き言葉まで、「言葉」についてのノウハウや自己啓発本が書店に並んでいます。

私たち人間は、他の動物に比べて他者とコミュニケーションするために多くの手段をもっています。言語、図表・図解やイラスト、写真、動画などです。また、それらを伝えるための媒体も印刷から電波、デジタルまで活用し、現在では全世界にしかも同時にさまざまな情報を伝達あるいは発信できる社会で生活しています。

今日、言葉よりも写真や動画共有などのコンテンツのほうがむしろ話題や人気で、世界中の人々の注目を集め拡散しやすいでしょう。それは、言葉の壁をこえて世界を駆けめぐって伝える力を発揮している事実があるからです。

まさに「百聞は一見にしかず」なのですが、それでも人々の心に響き、多くの人たちに伝えられて歴史に残るのは、やはり言葉の持つ力ということに異論を唱える人は少なくないでしょう

私たちは、ことわざ、格言・金言、箴言や警句から名スピーチいたるまで、数多くの言葉の力の恩恵を受けています。そうした言葉で考え方や物の見方だけでなく、生き方まで影響を受けた人もいます。さらに、そうした言葉を「座右の銘」としている人も多いでしょう。

時代や歴史を動かし、多くの人たちの心を揺さぶり、行動へと駆りたててきたのはまぎれもなくさまざまな「言葉」なのです。

 

未来は言葉でつくられる

 

本書は、コピーライターが著した著書です。しかし、コピーライティングやどのように面白いコピーを書いたらよいのかというテクニック本ではありません。もとより、コピーライターが読んでも参考になるでしょう。

しかし、本書はマーケティングコミュニケーションにおいて、その戦略性と並んで言葉のもつ重要性、その意義や価値について認識を深めるため、そうした言葉のもつ力や影響力などについて、あらためて考えるための内容が詰まっています。

とくに広報PRパーソンは、広告・宣伝、SPに携わる人たち以上に言葉でコミュニケーションをする機会が多く、そうした人たちにはヒントや気づきのある著書です。

米国広告代理店での経験

著者はコピーライターなので、言葉のもつ重要性については十分に認識していました。しかし、世界的なメガエージェンシー「御三家」の一角を占める米国オムニコムグループ傘下のクリエイティブエージェンシーであるTBWA\CHIAT\DAYに出向したとき、米国と日本のコピーライターの違いを実感します。

CHIAT\DAYは、1984年にスーパーボウルで放映され広告史に残るCMで、もはや伝説ともなっているMacintosh のCM『1984』の広告制作で有名です(監督は、リドリー・スコット)。

このCMは、当時のApple社のビジョンの表明と同時に、初代Macintoshのもつコンセプトである“The Computer for the Rest of Us”(普通の人たちのためのコンピュータ)を伝えるために制作された映像です。

米国のコピーライターは、製品やサービスの広告制作時のインパクトあるいは面白い言葉、メディア受けするようなコピーなどを考案するのではなく、彼らは新しい意味や価値をもたらす言葉、そうした時代や社会を象徴する理念やビジョン、そしてコンセプトの創出に情熱をそそいでいる姿に著者は接したました。

それは、まさしく経営戦略やマーケティング戦略を言葉でそれを伝えることを担っているコピーライターの存在でした。そのために、CEOや経営のトップ層などと綿密な協議や議論を繰り返していたのです。

また米国の広告代理店では、広告制作する前に企業やブランドが約束する「マニフェスト」をコピーライターが作成し、それにもとづいて広告やブランドのコピー創案を行っている実情を目の当たりにします。

もちろん、米国のコピーライターの役割もかつては日本と同じだったのでしょう。しかし、上記のような傾向は、1990年代以降にマーケティングコミュニケーションが経営戦略における最重要テーマとなるにつれ、コピーライターに求められるあるいは担うべき役割も変化したのだろうと思います。

著者のそうした経験から、本書を著した理由について、単にコピーライティングやコミュニケーションスキルのための本ではなく、ビジョンやコンセプトなど「言葉を使って未来をつくるための本」で、その作法と方法論について体系的に著すことを目的にしていると語っています。

この著者について私は詳しくはないのですが、略歴を拝見すると国内だけではなく海外でも広告に関する数々の受賞歴があり、また経営者と組みながら企業ビジョンやマニフェストの開発、スピーチライティング、さらには言葉をテーマにして社会人や学生への講演なども行い、経営戦略と言葉の関連性や意義と価値などの領域を切り拓くために尽力している人のようです。

本書はパート1〜8まで、全260ページで構成されています。

「言葉」のもつ力

喜んでいる会議風景

パート1では、そうした著書の経験にもとづき、どういう考え方や視点をもつべきなのかについて語ります。

ビジョナリーといわれる人たちは洞察力に優れているというのが私の考え方ですが、著者はそうした人たちを「未来を発明する人」というとらえ方をしています。そして、未来を創出あるいは変革の方向性をさし示す言葉を「ビジョナリーワード」と呼び、社会・組織の骨格となる言葉を「ビジョン」、商品やサービスのそれを「コンセプト」と定義しています。

著者は、アラン・ケイの有名な言葉“未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことだ。”という言葉こそが本質的な思考の原点であり、見たいものやこと(情熱)、未来意思(信念)をつくり出すほどの言葉をどれほどもつことができるのか、そうした精神(意志)力こそが重要なのだと述べています。

そして言葉は思考のOSであり、OSの限界がそのコンピュータの限界であるように、哲学者ウィトゲンシュタインの“私の言葉の思考の限界は、私の世界の限界を意味する”(『論理哲学論考』)という言葉を引用し、その人の言葉のもつ範囲(限界)がその人の思考を規定せざるをえないと語ります。

「言葉」が未来を発明するとき

パート2からパート4までは、そうした未来を発明した情熱と信念をともなった言葉の事例を3つカテゴリ(時代/組織/商品・サービス)ごとに、それぞれ10の事例、合計30例をわかりやすい具体例として取り上げています。

1961年5月、ケネディのアポロ計画についてのスピーチは有名ですが、10年以内(1960年代中)に人類を月に送り込むという言葉を聞いたNASAの人たちも、当時のソ連に宇宙開発で遅れをとっていた状況からは実際にはほとんど半信半疑だったということを、ディスカバリーチャンネルのドキュメンタリー番組で見ました。それほどまでに、だれにもほとんど不可能と思われていたのです。

8年後の1969年7月、アポロ11号によって人類初の月面着陸を達成した船長ニール・アームストロングは“これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。”という有名な言葉とともにその名を歴史の刻んだのでした。

当時、夏休みで中学生だった私はテレビ中継を見ていたのですが、その夜は興奮して眠れないほどでした。

グーグルの検索エンジンが、日本語で利用できるようになったのは2000年(この年は、アマゾン・ドットコムの国内サービスも開始)です。そのころ、私は最初のベンチャー企業に在籍していました。それまで、なにかを検索するには、ヤフー、アルタヴィスタ、エキサイト、ライコスなど、いくつかの検索エンジンを仕方がなく切り替えながら手間をかけて情報を探していました。噂に聞いていたグーグルをはじめて利用したとき、最適な情報結果を表示してくれることに驚き、もう他の検索エンジンは使わなくてもすむと実感したことを今でも覚えています。

グーグルの「世界中のあらゆる情報をインデックス化」するというクレージーなビジョンには驚嘆する一方、余計なコンテンツやバナー広告もなくシンプルに検索窓だけがあるサービスは、しかしどのように収益をあげる(ビジネスモデル)のだろうと当時の米国のベンチャーキャピタリストと同じように感じていました。

その3年後(2003年)、検索キーワードに応じた広告(アドセンス)の提供を開始したのです。

2001年、スティーブ・ジョブズは「1000曲をポケットに」をコンセプトに、iPodを発表しました。それ以前にも、MP3技術を使った携帯デバイスは存在していました。しかし、そうした機器を利用するのはデジタル技術に詳しい一部の人たちだけでした。

それをおしゃれで洗練されたデザイン、優れたユーザーインターフェイス(クイックホイールなど)の製品として世に出しました。つまり、今度は“The Music Player for the Rest of Us”としたのです。

2003年からはiTunes Music Storeの提供を開始し(日本では2005年から)、携帯音楽プレイヤーのあり方だけではなく、音楽をCD販売からダウンロード販売へというイノベーションを起こしてしまいました。

「ただの言葉」を「戦略」に変える方法

矢印

パート5からパート8までは、上記で述べてきたような未来を発明する言葉をどのようなプロセス(手順)でつくり出すのかについて書かれています。

著者は、「ビジョナリーワード」をつくり出すことを「未来からの絵ハガキ」にたとえ、そのために下記の3つの要件を上げています。

(1)解像度
(2)目的地までの距離
(3)風景の魅力

上記には「気づき」が必要で、そのための下記の4つのステップを用意しています。

STEP1:現状を疑う
STEP2:未来を探る
STEP3:言葉をつくる
STEP4:計画をつくる

STEP1とSTEP2は言葉をつくる前のプロセスで、煩雑に思われるでしょうが、この作業が現実に即した有用な言葉をつくり出すための重要な手順だと語ります。

このプロセスでは、本当にそうだろうかあるいはなぜそうなのかと、それまで当たり前と思っていたことや固定観念を疑うことこそ、あらたな気づきへの最初のステップだと。それをリスト化(ダウト・リスト)すること。ここでも、Whyが重要ですね。

次にそのリストにもとづき、もしもという仮定を考えます(イフ・リスト化)。そのさい、正解を求めるのではなく、別の解を探し出すあるいは発見すること。そして、プロ意識が強すぎることは、むしろそうした別の解の発見には邪魔になるということをいさめています。

パート7では、新しい言葉(表現)をつくるために下記の5つの技法について説明しています。

(1)呼び名を変える
(2)ひっくり返す
(3)喩える
(4)ずらす
(5)反対と組み合わせる

ディズニーランドで使われている言葉を代表例として取り上げているほか、企業内で肩書きを変える効用につても述べています(1)。

JR東日本のエキュートプロジェクトは、通過するだけの駅を集う環境に変えた例として紹介されています。それまでの常識をひっくり返すことが、独創性やイノベーションもたらすのだと著書は語っています(2)。

リドリー・スコット監督の『エイリアン』は、「宇宙を舞台にしたJAWS」という企画案だけで映画化にゴーサインが出たという話は有名です。ほかにも、『スピード』は「バスを舞台にしたDie Hard」、『タイタニック』は「豪華客船を舞台にしたRomeo & Juliet」などがあります(3)。わかりやすい喩えは、非常にイメージ(著者のいう解像度)が伝わりやすいことは、だれにでも理解しやすいですね。

以前に紹介したデービッド・アーカー著『ストーリーで伝えるブランド〜シグネチャーストーリーが人々を惹きつける』で、効果的なシグネチャーストーリーを創出する源泉の2つのうちの1つとして、「他からストーリーを借りてくる」という喩えを使う効用を語っていました。

アイディアのスケッチ

パート8は、企業ビジョンが号令やスローガンあるいはただの飾りものにしかなっていないのは、新しい言葉をつくり出して実現するための組織体制になっていないこと、さらには企業文化にまで浸透させることができるか否かにかかっていると説いています。

この最終パートには、以下の2人の言葉が引用されているのでご紹介します。

“マーケット・サーベイによって新製品を企画することは、アメリカの常識となっているが、真に新しいものは、ものを出すことによって、初めてマーケット・サーベイができるのだ。”
ーーソニー共同創業者 井深大

“人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ。”
ーーアップル共同創業者 スティーブ・ジョブズ

上記の2人の言葉は、驚くほどの共通認識です。そういえば、かつてジョブズは「もしも叶うことなら、PC業界のソニーになりたい」というような趣旨の発言をしたと聞いたことがあります。

 

One More Thing。

ジョブズによる上記の初代Macintosh発表時の『1984』のスピーチ(プレゼンテーションなど)、初代iPod発表時のそれとには歴然とした違いがあります。

前者は、20代のジョブズがおそらく広告代理店が用意したにちがいない原稿を、ときどき聴衆に視線を向けながら読んで(発表している)いる姿です。ジョブといえども、若かりしころはプレゼンテーションの名手にはほど遠かったのです。

後者は、つねに聴衆に向かって自分の言葉で身振り手振りを交え、全身を使いながら語りかけている姿です。スピーチ力がいかに言葉とその息遣いや抑揚、聴衆に対する姿勢(視線や情熱と態度など)が重要なのかが理解できるでしょう。どちらが、人々の耳目を惹きつけ、熱狂や興奮を喚起するのかはだれにでも理解できるでしょう。

もちろん、ジョブズともなれば、かれのビジョナリーワードを専門に言葉にするスピーチライターがそばにいるのは当然でしょう。

言葉は、いつでもありきたりな言葉にしか過ぎません。それをいつ、どこで、だれに向けて、どういう状況(タイミング)や姿勢でどういう言葉を使って語りかけるのか。それにより単なる言葉は、人々に賛同や共感、感動と熱狂、場合によっては陶酔すらもたらすことができるということがわかります。

私自身、本書を読んだことで、言葉についてあらためて考えを深めることができたと同時に、その重要さも再認識することができました。

なお、本ブログにあわせて下記の記事も御笑覧を願えれば、本書で述べられていることについてさらに理解を深める参考になれば幸いです。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。