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【書評】進む、書籍PR!〜たくさんの人に読んでほしい本があります

かつて友人が主催していた読書会に、現在では立命館アジア太平洋大学学長となられている出口治明さん(当時、ライフネット生命保険会長)においでいただき、読書についての貴重な体験談をうかがう機会がありありました。

読書はもとより、人生の達人である出口さんの発する言葉はどれも人を頷かせるだけの力があるのですが、そのなかでも一番印象に残っている言葉のひとつに「ほとんどの人間は偶然に左右されて、川の流れに流されて行く。それが人間の人生の自然な姿である。」というのがあります。

私自身のことを振り返ってみると、今日までそのように感じて生きてきたので、上記の言葉がとくに心に染み入りました。

著者の奥村知花も、偶然から「書籍PR」という職種へと“流された人”で、きっとそうしたことを得心しているだろうと思います。

この本は、会社員勤めだった著者に意図せざる転機が訪れ、今後を思案している最中、それまでの縁やつながりがもたらしてくれたチャンスから、「書籍PR」プロフェッショナルになるまでを綴った奮戦記(エッセイ)です。PR業務の経験やキャリアの若い人たちにとって、とくに気づきやヒントが多いだろうと思われる内容です。

私は本書を手にするまで著書も存じませんでしたし、本書のような書籍のPRを専門に請け負うフリーランサーの「書籍PR」がいることも初めて知りました。

著者は、会社員時代も書籍のPR専門家として仕事をするようになってからも、上司や先輩から業務の進め方などを教えてもらったことはなく、いくつかのPRに関する書を何度も繰り返し読み、そうした本から得た知識や情報をもとにし、あとは実際の業務経験をとおしてスキルを磨いて知見も得てきたとのこと。

そうした著者のキャリア上での経験や経緯は、マーケティングや経営戦略だけではなくイノベーションなど、私自身も同様に数多くの本から学びながら、あとは実務での試行錯誤を繰り返しながらキャリアを積み重ねてきたので、そうした観点からも読みながら共感を覚えた本です。

意図せざる転機から「書籍PR」専門家へ

今日の膨大な出版洪水において、できるだけ多くの人たちに読んでほしいと思われるような良書ですら、書店に並べられてもほとんど手にされることもなく人知れずに消えていく本がたくさんあるという残念な現実があります。

あらゆるメディアに情報として取り上げてもらい、多くの人たちに読書する楽しさを伝えたい、本と読者の出会う場を提供したいという著者の思いから、この書籍専門のPRにたずさわってすでに15年以上のキャリアになります。

著者自身も読書好きでしたが、もちろん最初からこの職業に就いていたわけではありません。大学卒業後、レストランを経営する会社に入り広報部門に配属されました。数年後、突然の転機が訪れます。それは、その企業がM&Aにより他の企業になったのです。それまで在籍していた企業とその合併による新しい企業文化の違いにどうしてもなじめず、結局は退社することになります。

今後の身の振り方に悩んでいたとき、前職時代から縁があり、もともと著者が読書好きであることを知っていた作家のマネジメント会社の代表から、書籍のPRについての依頼が舞い込みます。

出版社側とメディア側との深い溝

交渉決裂のイメージ

著者が最初に述べているのは、本について出版社の担当者が売りたいポイントと、メディア(テレビの番組制作者など)がネタとして取り上げたいそれとのあいだにほとんどの場合には大きなズレがあり、そのズレを認識していない出版社が多いことを指摘しながら、以下のように語ります。

“出版社側の売りのポイントと、テレビ制作側の取り上げたいネタポイントには、たいていの場合、ズレがある。そのズレを認識していない出版社側のご要望と、私の売り込む仕事の間には、最初から、長くて深い溝があるのです。”

上記については、本だけ限ったことではありません。以前に私も述べたことですが、それは良さを知ってもらいたいあるいは伝えたいという気持ちが強すぎることで、メディア側がそれを取り上げたくなるか、さらには購買者(読者)の関心や興味を喚起できるのかという視点が、どうしても提供者側は疎かになりがちになるのです。

こうした状況は、最近の本ブログの「メディアが興味を持つ広報パーソンの特徴『客観性』と『世界観』」のなかで、「広報PRパーソンの立場とメディアの立場の違いを正確に理解していないために、認識の齟齬があるからです。」との指摘があります。

ですから、著者の奥村知香は、同じ著書をゲラ段階で3回も読むことにしています。1回目はひとりの読者として、2回目はPRパーソンとしての視点、3回目はメディア側の立場とそれぞれの異なる角度から考えることが重要で、それが書籍PRポイントなのだと語ります。

またPRは広告や宣伝のように費用を払って出稿するものとは違い、どんなにPR活動で頑張ったとしても運やタイミングなどからメディア露出の確約はできないので、そのことは十分にクライアントに伝えて認識してもらうことが重要だと。

一番大切なもの「チーム力」

本書のなかで、著者が何度も繰り返し語っているのがチーム力の大切さです。1冊の本について、その著者と作品、出版社と編集者、メディア関係者、書店と書店員がまさにONE TEAMとなって、なんとか本を多くの人々の手に取ってもらおうと奮闘する姿が綴られています。

それについて、以下のように語ります。

“メディア露出して本を売り込んでいくためには、周りの人を巻き込み良いチームを作ることが一番大切だと言っても過言ではありません。別の言い方をすれば、それぞれの方向に向いているベクトルをひとつの方向に向けさせることなのです。”

またチームとして円滑にPR業務を進めていくなかで、著者は雑談の有用性についても述べているのですが、最近ではこうした「雑談力」(それはコミュニケーション力)という言葉がメディアでも頻繁に取り上げられ、またそれに関するハウツー本が多数刊行されていることに、なんとなく合点がいきます。

本書を読んだ人たちのなかには、ここで紹介されて話題となった本を実際に読んだことがある人もいるでしょう。本書では、そうして人々が手にする本がどのようなPR活動を通じて私たち読者の手に届けられたのか、その数々のPRのプロセスを映画のメイキング現場さながらにうかがい知ることができます

最初のきっかけ、失敗を糧として

黒板にチョークで描いた成功と失敗の図

私にとって印象が残っているのは、スウェーデンの心理学・言語学者カール=ヨハン・エリーン著『おやすみ、ロジャー』のエピソードです。同書はシリーズ累計100万部突破、日販の2016年年間ベストセラー総合ランキング2位となったのですが、それはいかにもソーシャルメディア時代の成功事例です。

この『おやすみ、ロジャー』は、売りにくい邦訳本なのですが、最初に売れたきっかけはインスタグラムからです。いわゆるインフルエンサーがインスタグラムで取り上げてくれ、さらには推薦コメントまでもらえたことで、そのフォロワーから広がったことの事例が紹介されています

さらに書籍の場合、やはりAmazonや楽天のベストセラーランキング1位の威光は、さまざまなメディアにアプローチして取り上げてもらえる機会を獲得できると。

ところで著者は、成功談だけではなく失敗談についてもいくつも述べています。誰でもが知っているある有名人の著書がテレビで紹介されたにもかかわらず、事前に増刷準備を怠っていたことで、遅れてようやくその著書の増刷分が書店に並んだころには、人々の関心は別に移っていて売りのタイミングを逸したこと、PRはうまくいったのに本がまったく売れなかったこと、自分がメディアに売り込みやすい要素(この場合は動画)に固執してしまいPRに失敗したこと、そのほかにもプランB(代案)を用意しておくことの重要さ、出入り禁止になってしまったエピソードなども実にさまざまな失敗談を惜しみなく披露しています。

縁とつながり、チーム力と創意工夫

本書は、もちろん書籍PRの現場についての話ですが、書籍PRパーソンとして右も左もわからないころから、現在にいたるまでの奮闘ぶりが具体的なエピソードとともに語られています。

もとより、限られた業界での話だと簡単に言うこともできるでしょう。しかし、書籍を自社のプロダクツ(製品やサービス)、PR企業の人たちにはメディアとの接点づくりなどに置き換え、本書を読む人たち自身の業容に惹きつけて考えてみることで、きっと気づきやヒントを得られるように思います。

本書は、とくに四大媒体なかでもテレビでのPRが中心に語られています。もとより、それがPR業務のすべてでないことはみなさんもよくご承知なことは理解しています。それでも、PR業に携わる人たちとくにこの職種に就いたばかりの新人、キャリアの若い人たちが読むことで、チームの大切さやPRパーソンとしての心構えや姿勢、切り口や創意工夫しながらメディアに露出するための方法など、きっとヒントになるに違いありません

企業のPR部門に属しているかPR企業に勤めているかにかかわりなく、プッシュとプル、状況に応じて中心的な役割で動く人たちによるチーム力、メディア(とくにテレビ)との付き合い方、そして露出が露出を引き寄せるあるいは呼び込むようなエコシステムをどのように構築していくかなど、広告とは異なる広汎な人たちと連携(巻き込む)とコミュニケーション力を必要とすることが、さまざまな成功例と失敗例を通じて手に取るようにわかります。

今回取り上げた本は、著者の「書籍PR」という仕事がどのようなものなのかを綴った読み物です。PRのメイキングプロセス(舞台裏)を追体験するような楽しさを味わいながら読んでいくうちに、読者はきっと役立つなにかを得ることでしょう

そしてなによりも、縁やつながりを大切にすることも理解できます。

私が大切にしているのは、好奇心・独自性・洞察力なのですが、それに加えることがあるとすれば、失敗を恐れることなくそれを糧とし、新しいことにチャレンジする姿勢(心構え)だろうと、本書を了読後に感じました。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。