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書評-戦略の原理〜独創的なポジショニングが競争優位を生む〜要約

とても迂闊なことに、本書について私はまったく知りませんでした。ビジネス書だけで、毎年5,000点以上が洪水のように出版され、それらのなかで経営やマーケティングに関する戦略論で読むに値する著書に出会うことは極めて限られています。

書評-戦略の原理〜独創的なポジショニングが競争優位を生む〜要約

本書は、偶然にも手にしました。独自性、ポジショニング、イノベーションを三位一体とした戦略論をテーマにしていることもあり、それだけで私はおおいに好奇心をそそられました。新しい本でないことは十分承知していますが、今回はどうしても取り上げたくご紹介します。

原著はハーバード・ビジネススクール出版部から刊行され、著者はコンスタチノス・マルキデス。

マルキデスは、ロンドン・ビジネススクール教授。隔年で発表される“Thinkers50”(「世界で最も影響力のある経営思想家」)に選出されるほどで、実務と研究の両面での豊富なキャリアが、本書をほかにはない独自の著書にしているのではないかと感じます。

マルキデス自身が寡作なこともあるのですが、邦訳書は残念ながらこれ1冊のみです。本書のテーマ構想は1990年から暖めていたそうですが、実際の執筆は1997年から3年の歳月を費やして完成にこぎつけました。本書を著した理由について、マルキデスは次のように語ります。

“本書は戦略立案をテーマとしている。これから戦略立案にとりかかろうという上級マネジャーの視点に立って、どのような思考プロセスを経れば戦略イノベーションを実現できるのか、その道案内をする。”

本書が私の興味を引いたのは、上記の「思考プロセス」という言葉のほか、“成功戦略構築とは「科学」というよりも「技」である。的確な問いかけをする技。答えを探求する技。(中略)戦略的発想の奥義とは、現状を問い続け、独創的な視点から切り込むことだ。重要なのは「ソリューション」を見つけるよりも、適切な問いを設定すること。”という、まるでドラッカーのような語り口の一文に触れたことです。

目次に目を通すと、マーケティングにおける最重要テーマである独自性とポジショニングを戦略論の核としながらも、マネジメント論から組織論などへの目配りもあり、経営資源と関連づけた企業戦略の視点、それらをどのようにイノベーションへと導くかを扱っていることが特長です。

上記の3つのポイントで、経営戦略ではマイケル・ポーターほど分厚くしかも難しくなく、独自性やポジショニングのマーケティング戦略ではジャック・トラウトやアル・ライズより体系(理論)的で理解しやすく、イノベーション戦略ではクレイトン・クリステンセンよりわかりやすい語り口などの条件が揃っている著書というのは、とても貴重であり稀なことだと判断したのです。

マーケティング戦略の中核「ポジショニング」

プレゼンテーションをする女性

ポジショニングという考え方自体、アル・ライズとジャック・トラウトが1969年にハーバード・ビジネスレビューで発表した論文にまでさかのぼりますが、日本でも知られるようになったのは二人による共著で、コトラー教授も「革命的なコンセプト」とまで称賛し推薦文まで寄せたマーケティング戦略の古典的名著『ポジショニング戦略』(原著:1981年)です。

そのポジショニングについて、同共著では“ポジショニングの基本手法は、「消費者の頭の中に既にあるイメージを操作し、それに商品を結びつける」というものだ。誰の頭にもない新奇なイメージをつくり出すことはできない。”と述べています。

また、トラウトが戦略論について著した“Trout on Strategy”(邦訳『無敵のマーケティング・最強のマーケティング』)では、“ポジショニングとは、見込み客の心の中で自社を際立たせる方法である。”と語っています。

マイケル・ポーターも、『競争戦略論Ⅰ』(原著:1998年)において以下のように語っています。

“競争戦略とは、他社との違いを打ち出すことである。あえて異なる活動を選択することで、価値を独自に組み合わせ、これを提供することができる。”

さらに、“戦略的に競争するとは、新たなポジションを見つけるプロセスだと考えられる。”と。その一方では、“戦略ポジショニングはわかりにくいことが多く、それを見出すには創造性と洞察力が要求される。”とも述べています。

さらに、ドラッカーが“「戦略とは何か」「なぜ戦略が重要なのか」を問うているのは私の知るかぎり本書だけであり、「特定の業界において戦略はどの程度まで、またどのように管理されるべきか」を問うているのもまた、本書をおいてほかにない”とまで語り、唯一推薦文を寄せた『戦略とは何か:ストラテジック・マネジメントの実践』(原著:2003年)において、戦略について一言で定義するには複雑で難しいテーマではあるが、と著者たちは断りながらも以下のように明言しています。

“とはいえ、数々の定義のあいだには共通点も見いだせる。それは、戦略とは持続的競争優位性(sustainable competitive advantage)を達成するためのポジショニング(positioning)を構築することである、という点だ。”

すなわち、経営あるいはマーケティング戦略において、企業でも製品やサービスであっても、独自のポジショニングを見出すあるいは創出することが競争優位性を構築し維持することであり、「ポジショニング」に基づく戦略を見いだすことはそれほどまでに重要で、ひいてはそれがブランディング戦略においても威力を発揮することなのだということです。

私が、時代や市場環境ーーライフタイル、テクノロジー、コミュニケーションなどーーに左右されて変化するマーケティング「定義」ではなく、その「本質」は市場における競争優位性の創出・維持・強化にある、とこれまでにも何度か述べています。その理由は、これらの著書から学んだこと、自分が実務で経験してきた実感したことからなのです。

戦略的ポジショニングとイノベーション

イノベーションのイメージ

戦略におけるポジショニングの重要性は、さまざまな高名な人たちが上記でも語っていることですが、マルキデスは序章で、戦略的なポジショニングについてイノベーションとの関連でさまざまな事例を引きながら述べています。

それらのいくつかは、例えばIBMとコダックほどの大企業が、かつてコピー機ビジネスに参入したときですら、その覇権が揺るぐことがなかったほどのゼロックスですが、その当時はほとんど認知度のなかった日本のカメラメーカーであるキャノンがコピー機でとった戦略の前に、どうしてその軍門に降ったのか。

ネスレが提供する専用カートリッジで一杯ずつコーヒーを淹れて顧客に提供する「ネスプレッソ」(日本の事業者向け「ネスカフェアンバサダー」の原型モデル)は、最初はオフィス向けサービスだったのですが、ビジネス的にはまったくダメで同事業からの撤退も検討していたほどだったのですが、戦略の転換を図ったことで、その後はビジネスとして大きな飛躍をもたらすことになります。ちなみに、「ネスカフェアンバサダー」も、当初は成功するか否かの確信はなかったそうです。

インテルは、1970年代から80年代にかけてDRAM事業で好業績をあげていましたが、80年代以降は日本の低価格で高品質なDRAMが市場を席巻するようになると窮地に陥ります。

そのとき、当時の上級幹部は、フォードがクルマ作りから徹底するようなものという覚悟でDRAM事業を諦め、マイクロプロセッサに集中する戦略的な転換をしたことで成長を維持できたことなど、ほかにもこうした戦略的なポジショニングとイノベーションとの関係性についてのいくつもの事例をあげながら、事業戦略ーーそれはマーケティング戦略でもあるーーにおいて、いかに戦略的なポジショニングとその着想が最重要課題なのかを説いています。

また、マルキデスの言う「ルールブレーカー」=既存秩序破壊者(クリステンセン教授のいう破壊的イノベーション)が現れるまで気がつかないし、そのときにはすでに手遅れになっていることなどについても言及します。

この序章に続き、本書は以下の第1部「独自の戦略的ポジショニングを確立する」(第1章〜第6章)、第2部「他社のイノベーション戦略に対処する」(第7章〜第9章)とで構成される300ページの著書です。

「エコーチェンバー」と「フィルターバブル」

考える男性

「第1章:事業領域の定義」では、優れた戦略的ポジショニングを確立するには、「当社は何を事業領域としているのか」を常に問い続け、その定義を何度も繰り返しそれに明確に答えられるようにすることだと述べています。

そうしたなかで、メンタルモデル(価値観、信念、世界観など)を克服することの重要性を指摘しています。

メンタルモデルとは、それが個人や組織の考え方とその行動に大きな影響を与えるが、空気ように意識されていない暗黙知(組織の不文律など)のように作用し、それが弊害をもたらしてしまうと。

これは、いわゆる「エコーチェンバー現象」という言葉で知られています。空気を読むあるいは忖度するなども、そうした現象のひとつです。

したがって、本気でイノベーションを達成するためには、ショック療法などで無理矢理にでも「考える組織」(「疑うメンタリティ」)にしなければならないと。特に「ルールブレーカー」は、事業の定義(着眼・着想や出発点)が異なることが特長だからなのだと。

着眼・着想や出発点ということに関していえば、最近では日本を含めた既存の携帯電話メーカー(高機能で携帯できる電話機)と、それに対するアップルの発想(機能は低くとも手に収まるPCで電話機能もある)という異なる着想による製品へのアプローチが、おそらくだれにでも理解しやすいでしょう。

2007年、iPhone発表でのプレゼンテーションの中で「数年に一度、全てを変えてしまう新製品が現れる。」とジョブズは語りました。彼が携帯電話を「再発明」したことで、Macintosh(1984年)、iPod(2001年)の比ではないほど、その後のすべてを大きく変えてしまう新製品として、市場や私たちのライフスタイルにインパクトをもたらしました。

実社会では上記の「エコーチェンバー現象」、さらにはオンライン(ソーシャルメディアなど)が日常的となった今日、「フィルターバブル」(イーライ・パリサーの言葉)まで加わり、思索力と疑問に感じる精神(批判的な精神や感覚)から私たちを遠ざけることが、無意識的にさらに強化されつつあります。

ですから、考えること、疑うメンタリティを組織としても個人でも持つ必要性があると、マルキデスは強く説いています。

「第2章:ターゲット顧客を決める」、「第3章:戦術を決める」と続き、「第4章:戦略的資産とケイパビリティ」、「第5章:組織環境を整える」、「第6章:優れた戦略的ポジショニングの構築」など、この第1部の後半の章では、とくに内部つまり企業の経営資源について、マルキデスが「組織環境」ーー人材、組織文化、組織構造、インセンティブなどーーと呼んでいることについて、それらをいかにして育成あるいは構築するのかに力点が置かれ、“獲得すべき資産やケイパビリティを特定するには、発想の起点を何度も変えてみる必要性”を強調しています。

さらに、そうして獲得したケイパビリティによる戦略を実行するには、従業員による心情的コミットメント、さらには共感までも引き出すことができなければならないことを強調しています。

そして、市場が変化し、戦略に変更が迫られたときには、それに最適化された組織環境に転換する意志と覚悟も持たねばならないと主張しています。

常に適切な問いを投げ続け、メンタルモデルを克服する勇気と英断を育成する

飛び越えるイメージ

独自性によるあらゆる戦略的ポジショニングでも、陳腐化は免れず永遠たりえません。したがって、現状に満足することなく将来も発展し続けたければ、戦略ポジショニングには寿命があることを認識し、絶えず新しいポジションの創出あるいは追求や探求を継続していかなくてはならないと。そうでなければ、競合や思わぬ「ルールブレーカー」の後塵を拝してしまいます。

どのような業界でも、イノベーションは小規模なニッチ市場として登場してきますが、そうしたなかから成長して市場シェアを大きく獲得する新興企業はあります。

大企業がそうした新興企業に敗れてしまうのは、現在の戦略的ポジショニングが収益を上げていることで、自社の事業は何か、顧客は誰か、そうした顧客に何を提供すべきかなど、変化し続ける市場と顧客とを忘れてしまうあるいは問うこともなくなり、メンタルモデルを克服しにくくなって避けがたいときに起こるのだと。

マルキデスは、成功企業は概して自己満足や過信、傲慢など「悪しき成功体験の副作用」に陥りやすいので、そうしたメンタルモデルに陥ってしまうことを強く戒めています。

また、既存ポジションと新しいポジションとでは利益相反が生じることがあり、そうした場合には、後者は外部の独立組織として設ける戦略を提唱しています。

さらに、その新しい戦略的ポジション(戦略プロダクト)を、将来の中核事業として育てるためには、“旧ポジションに関する最善の策は徐々に撤退することだ。”とまで断言するほどです。

上記の言葉で、私が真っ先に思い浮かぶのはIBMです。

2004年、IBMのPC事業部を中国のレノボグループ(聯想集団)へ売却したニュースは、世界中を駆け巡ったのでご記憶のかたも多いでしょう。

将来を考えるとPC事業が今後は儲からないからだ、というのが当時の一般的な理解だったかもしれません。私はその当時のIBMの実情や事情について詳しいわけではありませんが、そうした判断がもちろんあったのかもしれません。

しかし、「第4章:戦略的資産とケイパビリティ」のマルキデスの語るような視点で考えればーーこの考え方がIBMに妥当か否かはわかりませんがーー、その当時のIBMの戦略的資産とケイパビリティとを総合的に判断した結果、企業の「本業」そのものを大転換し、今日の“AI”(IBM Watson)とクラウドサービス(IBM Cloud)企業へと脱皮し、大きな進化と躍進をもたらしたのは紛うことなき事実です。

つまり、上記でマルキデスが述べたように、“旧ポジションに関する最善の策は徐々に撤退する”ことを、その当時のIBMは戦略的な選択肢として剛胆にも意思決定したのです。

従来の成功してきた本業といえどもそれから脱皮し、別の企業のように大胆に進化しなければ市場から退場をせざるをえません。そうして本業を巧みに転換して成功した企業戦略を、私個人は “Corporate Metamorphosis”と呼んでいます。

そして最後に、マルキデスは以下のように結んでいます。

“優れた戦略の探求に終わりはない。たとえどれほど好業績を上げていようとも、事業の根本を問い続け、「成功の方程式」の前提を疑ってみる必要がある(実際、成功企業はこのようにして現在の地位を手に入れたのだ)。”

すべての戦略原理ーー独自性、ポジショニング、イノベーション

カラフルなキューブ

本書について一言でいえば、独自性の高いポジショニング戦略をとって現在の中核事業(本業)を強化しつつ、それと並行して絶えず新しいポジショニング戦略(新規事業やイノベーション)を探求あるいは創出するというその両面作戦を遂行することが、真に優れた戦略であるという考え方に貫かれています。ある意味では、企業戦略としては、基本的で当たり前な原理について述べているわけです。しかし、これは「言うは易く行うは難し」の典型でもあります。

そうしたことについて、高度に理論的で体系的な知識で理解させるというよりも、どのような発想や着想から戦略的なポジショニングに至ったのかという視点に立ち、議論のための議論や専門的な説明をできるだけ排除する心配りをしながら、具体的で豊富な事例を通じて理解できるような工夫がなされています。それが、本書の読みやすさと理解のしやすさに貢献しています。

マルキデスの名は、私もですが本書で初めて知った人も多いことでしょう。上記でも述べたことですが、マイケル・ポーター、ジャック・トラウトとアル・ライズ、クレイトン・クリステンセンほどの知名度はもとよりありません。

ですから刊行時、本書がどれほど話題あるいは読者を獲得したのかは、私にはまったく判断がつきません。もしも誰かが戦略本の名著をピックアップするとしても、本書はそのなかに加えられることはないかもしれません。

それでも、本書はポジショニング戦略、独自性、イノベーションという今日的なスキームについて、具体例を示しながらコンパクトにまとめ、巧みでわかりやすい文章で丁寧かつ親切なガイダンス的に著した優れた本です。私が読んだ最近の著書のなかではもっとも興味深く頷きながら読み、本書と出会えたことに感謝したいような1冊です。

実を明かせれば、本書が刊行されたのは2000年。つまり20年前です。あっという間に劣化して賞味期限の短いビジネス書がほとんどです。それほど古い本を書評で紹介することに、みなさんは驚きあるいは呆れる人がいるかもしれません。

しかし、本書を読み終えて実感することは、紹介されている事例が古いということを除けば、読書中にそれほどまでに古い著書だということを、読者に意識あるいは感じさせることはまったくありません

逆にいえば、取り上げられている事例がアップデートなものであるならば、新刊だといわれても疑うことがないほどなのです。

つまり、マーケティング戦略について、それほどまでに本質的なことが述べられている著書だということです。

そうした著書の本質を理解し、読者おのおのがそれを自分の課題や現在性に引き寄せて読み込むことが重要です。ここで語られている内容を読者が咀嚼し、そのエッセンスや原理を自己の知見として役立てることこそが大切なのですから。優れた著書は、それが古いか否かにかかわらず、読者をテーマの本質へと導いてくれるものです

本書は、残念ながら一般書店ではすでに入手できません。しかし、今日ではそうした著書であっても、容易に入手可能な環境が用意されています。経営やマーケティング戦略において、ポジショニング、独自性、イノベーションに興味のあるみなさまには、是非とも一読をおすすめしたいというのが、私の読後の率直な感想です。

私個人としては、マルキデスが本書のアップデート版(増補改訂版または新版)を執筆してくれたらと願わずにはいられません。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。