かれこれ30年ちかくも前(1991〜1992年)に、企画案にプロダクト・プレイスメントを採用しようと思って2〜3社のPR会社に問い合わせたのですが、そのときはどの会社もそれがどういうものかだれも知りませんでした。
結局、私はそのプランは断念しました。当時の私は、プロダクト・プレイスメントをPRの一種だと思っていたのです。現在では、広告手法として広く誰でもが知るほどです。
プロダクト・プレイスメントは、映画やテレビ番組のなかで、出演者が使用するもの(小道具など)や出演するシーンなどに実際の企業やその製品やサービスを登場させて認知してもらう手法で、マーケティングにたずさわる関係者であればだれでもが知っていますが、国内では実際に活用しているケースは多くはありません。
この手法は、これからもさまざまな新たに施策が展開されてさらに進展するに違いありません。
ここ数年、ウェブコンテンツにおける『ネイティブ・アド』ーー広告掲載枠に違和感なく溶け込ませる(なじませる)ことで、コンテンツの一部としてユーザーに見てもらうことを目的とした広告手法ーーばかりが話題を集めています。創意工夫しだいで汎用性と拡張性のあるプロダクト・プレイスメントのほうが、むしろ私個人としては関心が高いテーマです。一方で、その手法は広告なのかPRなのか、いまだにどう考えるべきなのか難しいようにも個人的には感じています。
そこで、今回はこれについて考えます。
米国では、1940年代からの『伝統的な手法』だった
プロダクト・プレイスメントは最近の手法だろうと思っていたのですが、そのはじまりは以外にも古く、歴史的には1940〜1950年代ころまでさかのぼるとのこと。その当時、ダイヤモンドで有名なデビアス社のために、スターが出演する映画にダイヤモンドを購入、贈るあるいは身につけるシーンなどをハリウッド映画の脚本家に書くように依頼したのがそもそものはじまりだということを、『アメリカの広告業界がわかればマーケティングが見えてくる』(2002年:日本実業出版社)という著書で知りました。
もちろん、そのころはビジネスではなく、映画製作会社との個人的な関係からはじまったことのようではあるのですが、今日ではマーケティング・コミュニケーション戦略における確立された手法として大きなビジネスとして伸展しています。
現在では、映画はもちろんのことテレビドラマやビデオゲーム、マンガ・アニメ、ビデオゲーム、小説からスポーツ中継にまで活用されるようになっていますが、この手法が盛んに利用されるようになったのは1990年代になってからのことだと同書では述べています。
日本国内でプロダクト・プレイスメントが注目を集めたのは、私見ではスピルバーグ監督の映画『E.T.』(1982年)ではないかと思います。それというのも、作品のなかで主人公の少年が乗っている自転車が日本製ということで大きな話題となって売り上げに貢献し、それがプロダクト・プレイスメントによるものだということを知ったからなのです。
もとより、この手法が認知されたといっても、広告業界内の一部の人たちのあいだという限定的な話ではあるのですが、私自身はこのときはじめてプロダクト・プレイスメントという考え方があることを知りました。
その後、映画では盛んに使われるようになりました。
1998年作『ユー・ガット・メール』では、インターネット黎明期の主人公二人がやりとりするメールのPC画面に繰り返しAOLの文字が表示され、それによって加入者を増やしたことも有名です。
『007』のBMW、『マイノリティ・リポート』ではトヨタのレクサス、『マトリックス』ではノキアの携帯電話などは多くの人たちが目にしているケースです。
大ヒット映画であれば、劇場公開のほかにもビデオ・オン・デマンド、DVD、CATVでは繰り返し放送され、飛行機内でも鑑賞されるなど世界中の人々に見られます。
同じ数億円の費用をかけるにしても、テレビCMを番組内で放送するよりずっと効果的だと企業は判断しているので、増加する一方なのです。
しかも、テレビ番組内の広告は邪魔者扱いでスルーされ、ましてやHDDビデオレコーダによるタイムシフト視聴が増え続けているなか、CMはスキップされるという課題にも直面しています。
コンテンツに溶け込んで違和感を与えないプロダクト・プレイスメントが、企業のコミュニケーション戦略においては今後ますます重要度が高まっている事情や理由ともなっています。
このように作品の脚本執筆時、早ければ企画案段階からさまざまなプロダクト・プレイスメントが盛り込まれているのが、今日のアメリカ製エンターテイメントなのです。
日本では考えられないくらい、アメリカ映画やテレビドラマでは数多くの企業がこの手法を導入し、ハリウッドとマジソンアベニューの強い関係性がわかります。
そういうマーケティング視点でコンテンツ(作品)を見ることも、発見や気づきがあって別の楽しみ方ができるでしょう。
『PRなのか広告なのか』という問題
広告はメディアの枠を直接的に購入すること(paid media)ですが、PRはそうではありません。しかし、プロダクト・プレイスメントはどうでしょうか。広告かPRなのか、それが難しくあいまいな印象があります。
海外ドラマを見ていると、エンドクレジットにマイクロソフトやアップル社が表示されます。例えば、番組内で利用されているデジタルツールーーデスク上のPCや携帯電話はもとより、『CSI』や『HAWAII FIVE-0』で見かけるデスクタイプの“Surface Computing”はマイクロソフト製ですし、番組で映像の特殊効果はアップル社のPCが活用されるなどクレジットされます。
みなさんも一番なじみながありむかしからもっとも活用されているのは、映画やテレビドラマなどで提供される衣装でしょう。もし、それが衣装デザイン担当者による要望できちんと費用を払って用意し、出演者たちに身につけさせて話題となり、それが結果的にそのブランドの認知度向上や売り上げに貢献するのであればPR効果と考えられるでしょう。
しかし、番組制作費の一部として衣装を、それを提供する企業が支払うまたは費用を負担し、そのコンテンツ内に露出させてそれに対価を払うとしたら、コンテンツ内の一部を枠として購入したということで広告になるでしょう。
むかしからスポーツ選手が使用する道具やウエアは、その選手をスポンサーしている企業が提供するものです。有名で子どもや若者たちが憧れるような人気の選手ともなれば、その選手のウエアや使用している道具のレプリカをほしいと思うでしょうし、それは売り上げにも貢献します。
最近では、「意図せざる」プロダクト・プレイスメントが話題となりました。ひとつは、日本人初のNBAドラフト選手の八村塁が大好きだという地方のメーカーが製造しているお菓子が売り切れになるほど人気となり、一挙に認知されて売り上げに貢献したことがニュースとなりました。
また、ゴルフの全英女子オープンで日本人として42年ぶりにメジャー優勝をはたした渋野日向子が身につけていた帽子やウエアに注文が殺到し、メディアでも取り上げられるほど話題になったことです。
これらのケースは、最初から宣伝目的あるいは狙っていたわけではないので、思わぬPR効果を発揮したことになるでしょう。
そのほかには、小説の舞台やゆかりの地域、映画・ドラマのロケ地やアニメ・マンガなどで登場したことで知られるようになった場所(街や施設など)が観光スポット化し、国内だけではなく海外からも多くの人たちが訪れるようになることで注目されています。それは、とくにファンの間では「聖地巡礼」といわれるほどで、旅行代理店もツアー企画するほどの人気です。
さらには、地域活性化の担い手として自治体も活用を推進しています。つまり、自治体によるプロダクト・プレイスメントです。
また、メディアのプレゼントコーナーに製品を供出する方法も、むかしから活用されてきました。メディアに広告出稿している企業の製品、キャンペーン期間中の対象品、新発売した製品などさまざまですが、アンケートなどに答える反対給付でプレゼントされます。これも、メディア枠として直接的購入しているわけではないので、これらもプロダクト・プレイスメントの一種だと考えてもよいでしょう。
このように、製品・サービスから地域や施設などの空間まで含め、それがどのようなものであっても認知度向上の対象であり、コンテンツに溶け込ませて訴求するというのは他の広告やPR手法とも異なるものでスケーラビリティがきわめて高い手法です。
先述の本でも、著者は“プレースメントが可能なコンテンツは幅広く存在するのだ。”と述べています。
増加する“Tie-in Partnership”
この『タイ・イン・パートナーシップ』とは、マーケティング機会を最大化することを目的に、いくつかの複数の企業がタイアップ(協業や連携)し、それらタイアップ関係にある他社商品やサービスを共同または相互に広告活動を展開する手法です。
映画では『マイノリティ・リポート』や『メン・イン・ブラック2』などがそれにあたると、上述の著書の事例で紹介されています。
この手法は、作品製作側と企業側の双方にとってメリットがあります。
制作者側は高騰する制作費の負担を軽減できますし、企業側は番組途中にスルーされるCMとは違い、作品に溶け込ませて製品やサービスを露出させ認知度向上を図ることができます。しかも、実際に利用しているシーンなので、訴求効果も高いわけです。
米国にはプロダクト・プレイスメント専門エージェンシーがあり、メガエージェンシーも専門部署を設けているほどですし、専門リサーチ企業もあるほどです。
すでに、こうした傾向は劇場用映画、テレビドラマからストリーミングメディアのNetflixやAmazonプライムなどにメディアがシフトしています。そのNetflixは、広告ではないと主張しているようです。
こうして一大産業化しつつあるプロダクト・プレイスメントですが、アメリカでの市場規模は推計では2014年時点で60億ドル(約6,823億円)、2019年にはその倍近い114.4億ドル(約1兆3,000億円)に達すると言われています。
“Virtual Product Placement”ーー手法の拡張性
テレビのスポーツ中継を見ていると、大リーグやサッカーやラグビーの試合などで競技場のフィールドや観客席になどに、クラブのロゴやマークと一緒に広告が表示されていることに気がついている人も多いと思います。
これらは、そうしたフィールドに直接広告が描かれているのではなく、映像にCGによるオーバーレイ技術を使って広告を表示させています。デジタル放送が当たり前の今日、同じスポーツのライブをテレビ中継で見ていても、それを中継している国や地域、男女や年齢別などで表示される広告が違います。その放送を見ている人たちに最適化された広告やメッセージを送り出すことができます。
日本でも増えるプロダクト・プレイスメント
2016年に公開された劇場用アニメーション映画『君の名は。』が、興行収入250億円を越える大ヒットしたことは記憶に新しいでしょう。
私は未見なので知らなかったのですが、この作品ではプロダクト・プレイスメントが手法として活用されていることをあとになって記事で知りました。
記事によると、この作品をきっかけにして日本でもこの手法が根づく可能性を示唆しています。
ところで、文教大学情報学部の井徳正吾教授の『米国のブランデッド・エンターテインメント、及びその効果測定に関する調査研究』(2015年)によると、プロダクト・プレイスメントは“Branded Entertainment”ともいわれ、アメリカ広告主協会(ANA)の2011年報告によると、広告主の約2/3 に当たる63%が、2012年度にプロダクト・プレイスメントを含む新しい広告手法の実施を予定しているとのこと。
教授によると、2012年度の米国映画興行収入で第1位を獲得した34作品中、合計397のブランドが登場しているそうで、もはや映画作品では不可欠な手法となっていると述べています。
アメリカのプロダクト・プレイスメントによる市場規模は、2014年時点で60億ドル(約6,823億円)、2019年にはその倍近い114.4億ドル(約1兆3,000億円)に達すると推計されるほどの巨大ビジネスです。
今後、プロダクト・プレイスメントや“Branded Entertainment”が、戦略的なマーケティング・コミュニケーションとしておそらく日本でも積極的に取り入れられるだろうと私は思っています。
映画やテレビ作品、ゲームやマンガ・アニメだけではなく、さらにはAR/VRでも使われることになるでしょう。
2010年ごろから私が口癖にしている“Digital Ambient Society”では、生活環境のあらゆるシーンが多様なメディアに包まれた社会です。そうしたとき、とくに意識しなくともさまざまな“Virtual Product Placement”がコミュニケーション手法の中心となって、私たちが日常的に接することになるに違いありません。
サブスクリプションとプロダクト・プレイスメントの2つは、当面はこれからのビジネスでは重要なキーとなるでしょう。
ちなみに今年8月、楽天が米国を拠点に映画の製作・配給を手掛けるThe H Collectiveとの合弁による映画製作会社「Rakuten H Collective Studio」を日本に設立し、プロダクトプレイスメントによる広告などにも取り組むというニュースもありました。
この記事が、プロダクト・プレイスメントについて検討している人たちだけではなく、すでに実施しているみなさんにも資することがあれば、心より嬉しく思います。