経営戦略とそれにともなうマーケティングコミュニケーションとメディアのデジタル化、そして多様化が加速するなか、これまでは棲み分けられていたような企業や業種でも、今後は競合してくることは避けがたい事実です。
今回、PR会社、広告代理店、コンサルティングファームをめぐる動向や状況をついて、私なりに思っていることについてまとめることで、みなさんがこれからのPRについて考えるためのヒントになればと思います。
1980年代末から経済のグローバル化に歩調を合わせるかのように、欧米の大手エージェンシー(広告代理店)では、世界的な規模での再編や合併やグループ化がたびたび繰り返されてきました。
今日では、J・ウォルター・トンプソン、オグルヴィ・アンド・メイザー、ヤング・アンド・ルビカムを傘下にもつWPPグループ(1位)、BBDO、DDBなどを傘下にもつオムニコム・グループ(2位)、レオバーネット、サーチ&サーチなどを傘下におさめるピュブリシス・グループ(3位)、マッキャン・エリクソンなどをおさめるインターパブリック・グループ(4位)が、「世界四大メガエージェンシー」として君臨しています。
上記のそれぞれのグループ傘下におさまっている各エージェンシーも、かつてはお互いにライバルとして競っていた世界的に有名な広告代理店ばかりです。それまでのマジソン・アベニュー事情に通じている人たちには、こうした世界的な合従連衡によるめまぐるしい大激変を目の当たりにして驚いている人もいることでしょう。
こうした顕著なグループ化の背景には、1990年代以降とくに東欧諸国の市場経済化とそれにともなう経済のグローバル化の急激な伸展、インターネットの急速な普及によるメディアおよびコミュニケーション環境の大転換が大きく影響しています。
「世界四大メガエージェンシー」だけで、世界の広告市場シェアの約60%を握っているともいわれています。しかもこれらメガエージェンシーは、広告代理店、PR、セールスプロモーションから、クリエイティブエージェンシー(Webサイト制作を含む)、マーケティングリサーチ、アプリ開発にいたるまで様々な企業のグループ化を急いでいます。
こうした欧米のエージェンシーに比べると、日本の広告業界はアメリカに次ぐ規模だとはいわれながらもそれほどの大激変の印象がないようにも思われますが、それでも1996年、博報堂などいくつかの広告代理店が中心となってデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(D.A.コンソーシアム)が設立されたこと、1999年に旭通信社と第一企画による合併でアサツーディ・ケイ(ADK)が誕生しその後の躍進などがあげられます。
ここに2000年と2013年、国内の広告代理店のランキングを比較した資料があります。久しぶりにこうした国内の動向を見ましたが、2000年のランキングは、私がまだ広告代理店の請負マーケターをしていたころに理解していた業界状況です。世界と比べると変化が少ないと思われていた国内も、こうして2013年と見比べると如実に違うことがわかります。
日本は欧米ほどの世界規模でのグループ化や再編が顕著ではないように感じられますが、それでもやはりかなりの変化があることがこの資料からはうかがうことができます。
コンサルティングファームによる広告代理店の買収
さて、上記の欧米の「エージェンシー・ビッグバン」に加え、今日のアメリカでは世界的大手コンサルティングファームによる広告代理店の買収が急増しています。
どうして、世界的なコンサルティングファームが広告会社を買収する必要性があるのでしょうか。
それは今日におけるあらゆるマーケティング環境が、経営戦略と深く関与するようになったことが理由です。コンサルティングファームは、それまでは企業トップ、経営企画部門などの経営層へのコンサルタントあるいはアドバイザーとして、企業戦略(財務を含む)やIT戦略を中心におこなっていました。とくにITを軸にした基幹システムの導入により、経営の効率化・合理化などの推進役を担ってきました。
ところが、インターネットの登場とデジタル領域でのマーケティングコミュニケーションが日常化し、コンサルティングファームでもそうした領域までも扱うニーズが高まりました。
2017年、アクセンチュアがWebサイト構築の国内最大手アイ・エム・ジェイ(IMJ)を買収したニュース、同年のベインキャピタルによる国内3位の広告代理店ADKの買収という2つの出来事には、きっとだれでもが驚いたことでしょう。
少し前の「アドバタイムズ」の記事では、アメリカのAd Age誌による2012年から2014年、アメリカを含む世界のデジタルエージェンシー業務での売上によるランキングの変遷を紹介していますが、これを見るだけでデジタルマーケティング領域でのコンサルティングファームがその存在感を急速に増していることがわかります。
2014年を見ると、上位10社のデジタルエージェンシーのうち実に4社がコンサルティング系でしかも上位3位までを独占しています。さらに、デロイトデジタルやアクセンチュアインタラクティブを抑え、IBMインタラクティブエクスペリエンスが1位なことにも驚きます。
また、Ad Age誌「Agency Report 2019」の最新レポートでは、アクセンチュアインタラクティブが世界最大のデジタル・エージェンシー・ネットワークに4年連続で選出されているとのニュースがあります。
経営戦略とデジタル領域でのマーケティングコミュニケーション戦略は、今日では不可分な関係が強化されつつあることはだれでもが認めることです。
とくに個々の製品やサービスより、コーポレートコミュニケーション、CSRやフィランソロキャピタリズム戦略、IRなどのステークホルダーなどでPR企業がこれまで担ってきた領域に業容を拡張することが考えられ、コンサルティングファームもそうしたことを想定していることでしょう。
もちろん、世界的なコンサルティングファームに仕事を依頼できるのは大手企業に限られる事実はありますし、こうした世界的な大きな潮流がそのまま日本国内にもそのまま適応されえないこともありえるでしょう。
欧米では、経営戦略はマーケティング戦略に直結しています。日本においても、ここ数年でマーケティング戦略がかつてないほど重要だとの認識が高まっていますが、それでもグローバルビジネスを展開している欧米ほどではありません。
とくにアメリカでは、全社のマーケティング戦略に決定権をもつCMOがいて、そのもとに広告・PR・セールスプロモーションなどの各担当者、それがそれぞれの担当業務を各エージェンシーに直接発注してそれらをマジメントする組織形態が一般的です。
一方の日本では、最近の実情について通じているわけではないのですが、上記それぞれの業務を一括して広告代理店に預ける傾向があり、企業から預かったそうした案件を、代理店がさらに各々の業務を請け負う企業に発注する仕組み(下請け構造)が、長らく商習慣として続いています。そうしたことも、欧米ほどにドラスティックな激変が起きにくい要因となっているのでしょう。
国内PR業界、市場規模が初の1,000億円超え
ここで、PR業界に目を移してみましょう。
公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会が2年に1回実施し公表した調査「2017年 広報・PR業界実態調査報告書」によれば、PR業界全体の2016年度の売上高は推計で1,016億円、2007年の調査開始以来はじめて1,000億円を超えました。
ちなみに、PR大国のアメリカでは、トップ企業のエデルマン1社の売上高だけで1,012億円と、同社だけで日本のPR業界全体の売上高に匹敵するほどです。
テクノロジーのいちじるしい伸展、とくにソーシャルメディアの多様化と日常化がPR業界全体の堅調な伸びに貢献していますが、それでも依然として日本国内でのPR業界は米国ほどの認識や規模には及びません。
それだけに、さらに業界の発展する余地はまだ多く残しているといえるでしょう。
PR業容の拡張・拡大が意味するもの
PRは、それまではおもにメディアパブリシティ業務が中心であり、消費者に情報を届けることが目的とはいいながらも、その顔はメディアに向いていました。しかし、ソーシャルメディアの普及と日常化により、PR担当者が消費者に対して直接情報をとどけ、直接反応をえることも可能な環境となったのです。つまり、消費者と直接コミュニケーションする時代となったことで、消費者にも顔を向けることがより重要となりました。
PR担当者は、おもに消費者に顔を向けている広告部門とは異なり、それまでのメディアとの関係、社内との関係(とくにCSRや法務などの関係部署)、IRを中心としたステークホルダー(関連企業や取引先など)だけではなく、ソーシャルメディアを通じての多様な消費者と向き合ってコミュニケーションを取るというほぼ全方位でのコミュニケーションを行わなければならず、そうした業容の拡張はマーケティング戦略の立案を含めて新しい知識やスキルを常に求められる必要性にも迫られています。
それは、コミュニケーション環境がかつてのように判然としておらず、その境界線が溶解しつつあることをだれでもきっと日々の業務のなかで感じていることでしょう。
ところで、2018年、アメリカの大手PR企業であるバーソン・マーステラが、12位のコーン&ウルフとの合併により、新会社「バーソン・コーン&ウルフ」誕生という大きなニュースがありました(両者ともにWPPグループ傘下)。
広告代理店ほどの激変ではありませんが、メガエージェンシーによるグループ化、コンサルティングファームによる代理店の買収ときて、そうした激変の波はPR企業にも波及しつつあります。
これからも、マーケティングコミュニケーション分野(MAからAIまで)を中心とした世界的な規模でのデジタル企業の買収やグループ化は加速していくでしょうし、そうしたなかでPR企業の買収や再編があることも否定はできません。日本のPR業界も気がつけば、こうした大きな変化の波に飲み込まれているかもしれません。
国内のPR企業も、新しい動向に対応する動きもあります。
老舗の共同ピーアールは「PR Today」のリリースをはじめ、企業・団体と報道関係者をつなぐ情報マッチングプラットフォーム株式会社ネタもと、データ分析サービスを提供する株式会社キーウォーカーなどと資本業務提携、さらにはPR人材育成支援サービス「デジマナ」のようなサービス提供まで積極的に展開しています。
プラップジャパンは、プレスリリース配信サービス「Digital PR Platform」にメディアCRM機能を実装し、配信したプレスリリースの既読・未読状況といったデータを取得、メディアの関心度を数値化するサービス提供などがあります。
これからも、プラットファーム、データ分析、アプリ開発からポッドキャストやウェビナーのコンテンツの活用、プロダクト・プレイスメントなど、従来は広告代理店の領域と思われていた業務を、PR的な視点での活用する手法や企業などの新しいサービスの登場があるでしょう。
以前のブログでも述べたことですが、かつてインターネットの情報は「ただ」と考えていたものが、新しい世代には有償(最近のサブスクリプションなど)が当たり前という意識が浸透しつつあることを勘案すれば、来たるべき消費者の意識や社会への変化に先回りしてPR企業自身が変化する必要性が出てくることでしょう。
かつて盛んに喧伝されたトリプルメディア論は、今日すでに“PESP”と称されるクアドラプルメディア論へと進化をしています。
メディア側にもそうした変化があらわれています。一例をあげるとTBSラジオです。2年前(2017年)、同局は65年間続けてきた野球中継から完全撤退し、18時から21時までの後継番組には、音楽や映画など最新サブカルチャーコンテンツを中心のバラエティ番組「アフター6ジャンクション」を帯で放送しています。
また「ラジオクラウド」の提供開始、さらにラジオ広告専用の相談窓口まで開設しています。依頼主が代理店とは関係なく、メディア(ラジオ局)に直接に広告出稿できるのです。
ところでつい最近、Adobe Systemsがスマートスピーカーなどでの音声広告(Audio Advertising)について消費者が好意的な反応を示し、ほかの広告に比べて興味や関心を引きやすいという調査結果を発表しました。アメリカでは、さらにスマートスピーカー、SpotifyやSoundCloudなどの音楽配信サービス、ポッドキャストなどで市場規模の拡大が期待されています。
私が言えることは、BtoCかBtoBを問わず消費者理解(それは市場調査による消費者分析にかぎらない)を深め、企業のコミュニケーションを最適化するためのサービス(戦略立案、人、テクノロジーなど)とそのために必要な枠組み(提携や協業などで他社も引き入れる)を柔軟かつ迅速に提供でき、クライアントから頼りにされる企業が選ばれるだろうということです。そうしたとき広告代理店、コンサルティングファーム、PR企業なのかはクライアントの選択に委ねられます。
テクノロジーの進化はメディアに多様性をもたらし、人々に情報を届ける手段や消費者理解の方法に大転換をもたらし、社会におけるコミュニケーション環境を拡張させる波となり、それは否応なしにPR業界にも多大な影響と変化がおとずれることを避けられないだろうということです。
今後も、そうした変化や動向に注視を続けていきたいと思っています。