プレゼンテーション、かつては一部の業界人たちーー広告代理店、コンサルティングファーム、講演業などーーの専売特許でした。
大型書店のビジネス書籍や自己啓発コーナーに出向けば、実に数多くのプレゼンテーションに関する指南書(ハウツー本)が溢れています。仕事上で取引先との名刺交換だけではなく、今日では社外のさまざまな場所や状況で、だれでもちょっとしたプレゼンテーションをする機会が否応なし増えています。
個人的な経験からいえることは、プレゼンテーションに長けている人はビジネス経験豊富な人たちよりもむしろ若い人たち、大企業よりもベンチャー企業の人たちのほうが総じて自己あるいはそのビジネスなどについて、第三者に伝えるのが巧みだという印象があります。
仕事がら、私は約30年以上にわたって多種多様な場面でプレゼンテーションを行ってきました。また、他者の数々のプレゼンテーションにも接してきました。
今回は、多様なスキルが必要とされるプレゼンテーションにおいて、スキル以上に大切な「心得(マインド)」、実際の現場で一番重要なスキルついてお話しをします。スキルを身につけるには、修練と時間がそれなりにかかりますが、心得はだれでもすぐに覚えられます。
これから私が述べる「3つ心得」を是非とも心にとどめておき、もしみなさんにプレゼンテーションの機会が訪れたとき、それを思いだしていただければ嬉しく思います。
ただし、これから語ることは個人的な知見にもとづくものでが、すでに誰かの著書に書いてあることでみなさんがすでにご存じかもしれないこと、あらかじめご承知くださるようにお願いをいたします。
プレゼンテーションにおける「3つの心得(マインド)」
様々な集まりに出席してはじめて縁を得る人たちに対し、自己紹介はどうしても避けて通ることができません。
私自身を振り返ると、大きな企業に属してこなかったこともあり実に多彩な職種や多様な業界・企業人たちと名刺交換(平均年300人、多いときには500人ほど)し、そのたびに自己紹介や仕事について話しをしてきました。
大企業で働いている人であれば、会社名を名乗るだけで相手もすぐにわかるでしょうし、その担当業務も名刺の肩書きからおおよの見当がつきます。
しかし、中小やB to B企業(こちらのほうがずっと多いのですが)、ベンチャー企業、個人事業主などは一般的な知名度がありませんので、まずは自社と製品やサービスについてどうしても相手に伝えることから始めなければなりません。
心得その1:「これだけは覚えてほしい」に絞り込む
あなたの会社の製品やサービスは何ですか、という問いに対し一言で答えられること。これが意外に難しいのです。
製品やサービスの特長や優位性を理解してほしいあるいは伝えたいという気持ちがどうしても強すぎるあまり、それらについてすべてを説明しようとする誘惑が勝ってしまうのです。そうすると、その製品の最大の売りつまり独自性は何なのかがぼやけてしまいます。
ましてや、大勢の人たちの集まりで多くの名刺交換では、何人もの人たちが同様に自社やその製品・サービスについて説明する情報過多な状況下なのですから。
たくさんのことを説明された人は、様々な人から一度の多くの情報を受け取ることになり覚えきれません。それはご自分が逆の立場になったときのことを思いだしていただければ、きっとご納得いただけることでしょう。
ですから「これさえ覚えてもらえたなら、あとは忘れられてもかまわない」という覚悟が必要で、その覚えてもらいたいこと1点だけを相手に強く印象に残し(伝え)ます。
メールで要件を相手に伝えるとき、そのメールでは1要件だけにといわれているでしょう。またPR関係者であれば、プレスリリースで伝えるべき内容は1つに絞り込むようにという鉄則と同じです。
心得その2:語り(詰め込み)すぎない
上記と関連しますが、一般的な知名度のない企業や製品・サービスの場合は特にそうなのですが、知ってもらいたいあるいは理解してもらおうとする気持ちが強く先走るので、あれもこれも説明しようとして情報過多と同時に会話時間が長くなることです。つまり、その人の時間を自己都合で独占してしまう行為です。これは多くのほかの人たちにとって、迷惑になることを覚えておきましょう。
さて、社外の集まりでは、自己紹介する機会、ライトニングトーク(LT)形式で自社やその製品・サービスについてプレゼンテーションすることがあります。正式なプレゼンテーションをするような機会はそう訪れるものではありません。それに比べ、ライトニングトークの機会は頻繁にあります。その時間は、2〜3分程度がほとんどです。この間ですべてを理解してもらうのには、どうしても無理があります。しかも、何十人あるいは何百人という人たちと名刺交換するような情況下ではとくにそうです。
こうしたとき、伝えたいことはたくさんあっても、これだけを相手に記憶してもらいたいことだけを伝えるのですが、製品がいかに高機能・高性能か、サービスの利便性や素晴らしさを語ることは避けましょう。なぜならば、それはあくまでも自社都合の視点による説明にしかならないからです。それらを購入または利用することで、その相手にとってどのような価値を生み出し、どのようなユーザー体験がもたらされるのかという視点から語ることがもっとも重要な点です。
みなさんが伝えたい事柄について、もし相手が興味や関心を示してくれれば、後日にアポイントをとって十分な時間をとってじっくりと説明する機会を得ることができるでしょう。
逆にいえば、名刺交換時にどれほど詳しく説明しても興味や関心を喚起できなければ、それら伝えた内容はすべて無駄になってしまう結果となってしまいます。
こうした代表的な例は、やはりアップル社のiPodでしょう。製品自体は、これまでにないほど革新的なテクノロジーの産物ではありません。それまでにも、携帯用のmp3形式音楽プレイヤー製品はすでにはいくつも市場に出回っていましたが、使い勝手が悪く洗練された製品とはいえませんでした。
高性能かつ多機能で複(煩)雑な操作を避け、シンプルで最小限の操作で必要十分な性能、それを白のポリカーボネイト筐体とクイックホイールを身にまとわせたデザインで、革新的な携帯音楽プレイヤー(UX)として提供し、しかも1,000曲を自由に持ち歩けるというユーザー体験を強調することで、音楽を持ち歩くというライフスタイルに革命を起こしてしまいました。
米ジャーナリストのアラン デウッチマン著『スティーブ・ジョブズの再臨―世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活』(毎日コミュニケーションズ:2001年)では、そうしたジョブズについて「エレクトロニクス・ハードウエアの塊などという、一見おもしろくもおかしくもないものを取り上げ、それをネタに目が離せないドラマを作ってしまう名人だ。」と述べています。
ちなみに、ジョブズも構想を練りストーリーを書くときは「手書き」でした。
心得その3:第三者視点をわすれない
米国や国内の外資系コンサルティング企業では、プロジェクトチーム編成時、そのビジネスや業界での知見にすぐれた経験豊富で老練な年配者をチームに迎え入れます。
また、米国では若く経営の経験が乏しいベンチャー経営者に代わってCEO経験者を迎えてさらに成長を目指すのは当たり前で、代表的な例ではかつてのAppleのジョン・スカリー、そしてGoogleのエリック・シュミットなどは有名な事例でしょう。
ほかにも、企業経営や業界での知見に長けた人たちによる「アドバイザリー・ボード」があります。これは、日本でいう経営諮問委員会のようなもので、社内外の多様な情報、明晰な頭脳と分析力、豊富な人的ネットワークに優れた人を積極的に活用し、メンターとしてその叡智やネットワークを活かす考え方です。
一方の日本では、そうしたケースは多くはありません。私はベンチャー企業3社での経験から、第三者の視点あるいは相談できる相手を持つべきだと考えています。
それというのも、日々自社製品(サービス)に接していると、使い慣れているので初めて利用する人がどのように感じるのかつい忘れがちになってしまうことは避けられません。
つまり、自社製品やサービスについてどうしても近視眼的にならざるをえないのです。最初、自分にとっても難しいあるいは戸惑いがあるようなものでも、それに使い慣れてしまうことで当たり前になってきます。
そうすると最初の使いはじめのころの自分を忘れます。あまりにも簡単すぎて説明の必要などないだろうと思われるようなことでも、はじめて利用する第三者にとってはそうでないことを常に意識しておくことが肝要です。
プレゼンテーションで一番重要スキル「スピーチ力」
プレゼンテーションは一般的にはプレゼンと略され、現在のビジネスシーンではだれでもが日常的に口にしているビジネス用語となっています。
しかし、一部にはいまもってこの言葉への誤解があるような気がしています。それは、見事に作成されたスライドを使用しながら、大勢の前でなにがしかについて説明や発表を行うことだと。恥ずかしながら、私も20代のころにはそう思い込んでいました。
もし、私が実際にプレゼンテーションを行うさいにもっとも重要なスキルはなにかと問われれば、即座に「スピーチ力」(語り口)だと返答をします。ある意味では、伝える内容や情報よりもです。スピーチ力ーー相手(聴衆や観衆)に話しに聞き入らせ魅了する語り口ーーこそが最高のスキルなのです。それは、表現や言葉遣い、視線や表情、身振り手振り(ジェスチャー)あるいはボディランゲージなども含まれ、全身を使ってするスピーチすることです。
それは、TEDなどのプレゼンテーターを見ればご納得いただけるでしょう。単にスライドを巧みに紹介するのではなく、全身全霊を傾けるスピーチがプレゼンテーションなのです。
ですから、プレゼンテーションとは、本来はスライドなど(資料)がなくても伝えられるべきものなのです。ただし、スライドなどを補足的に活用することでより深い理解へと導き、視覚的にも強く訴求できるために必要となるのです。同じ内容や情報を語るまたはスライドなどを紹介するにしても、それを行う人のスピーチ力によって伝えられる効果には天と地ほどのひらきが出てしまいます。
日本の政治家による所信表明や答弁、大企業の記者発表や謝罪会見を思いだしてみればご理解いただけるでしょう。前者は官僚、後者は広報や法務部門などが用意した原稿を代読しかも下を向いたまま棒読みしている姿です。
一方、米オバマ元大統領や故スティーブ・ジョブズを思い起こしてください。もちろん、国を代表する人や世界的な大企業のトップともなれば、優秀なスピーチライターをスタッフとして抱えていることもあります。
日本の経営者では、ソニー創業者の盛田昭夫、ホンダ創業者の本田宗一郎などがスピーチの名人の代表格です。今日では、そうした人たちの動画を手軽に見ることができるありがたい時代なので、是非とも参考にしていただければと思います。
こうした人たちはその語り口で共感・共鳴あるいは積極的な支持や支援を引き出し、語る内容で聴いている人たちを巻き込むレベルにまで引き上げるのです。感動すら与えるほどの達人や名人クラスのスピーチ力は、たやすい練習あるいは小手先のテクニックだけで容易に身につけられるものではありません。
それでも、組織内(所属部門、会社全体)で、プレゼンテーションを任せるなら“この人”といわれるレベルには本人次第でなれます。なかでも、コミュニケーション(PRや広告など)部門、経営のトップ層は、欧米に人たちに比べて日本人はスピーチ力に弱点があります。ですから、できるだけスピーチ力を発揮する機会をつくり出し、人に伝えるスキル向上を図ることが大切なのです。
ここまでお読みいただいたみなさんに念のために繰り返したいことは、プレゼンテーションにおいてその内容や情報は二の次だと言っているのではありません。プレゼンテーションにはさまざまな要素が必要となりますが、内容はもちろんとても重要です。しかし、それより前に心に刻んでおきたい大切なことは、テクニックやノウハウよりもまず心構え(考え方や姿勢)だということなのです。
ですから、社内・社外のさまざまな集まりに参加する機会があったときは、積極的にスピーチするように心がけてください。そうした多くの場数を踏むことで、だんだんとプレゼンテーションのコツを体得して上達するにちがいありません。
不足しているとご自身で感じているスキルについては、書店(ビジネススキルやスキルアップのコーナーなど)で最適な本を探し出し、実際にその内容を確認してそれらを参考にスキルアップに努めていただければと思います。近くにそうした書店がないという人たちは、検索してオススメ本を見つけ出すとよいでしょう。