真打ち登場です。本書は、サブスクリプション・ビジネスのプラットフォームを提供する、米ベンチャー企業Zuora(ズオラ)のCEOであるティエン・ツォが満を持して著したもので、全米でもベストセラーとなった著書とのこと。
ツォは、セールスフォース・ドットコムの創業期に参画し、CMO(最高マーケティング責任者)やCSO(最高戦略責任者)を経たあと、2007年にZuoraを創業し、2018年4月にはニューヨーク証券取引所に上場を果たしました。
なお、この今回の邦訳にさいしては、Zuora Japan株式会社(2015年設立)代表の桑野順一郎が監訳にあたっています。
本書は300ページを超える著書です。目次を眺めればわかることなのですが、たんに企業と特定の業界やその事業領域ーースタートアップや新規事業、ソフトウェアやオンラインビジネスなどーーのサブスクリプションについて、そのビジネスモデルを解説あるいは分析し、それら企業の戦略について紹介するために書かれたのではありません。
この本は、これからの社会ではあらゆる産業や経済活動がサブスクリプション化し、それに対応するために企業としてとるべき戦略や業務オペレーションの手法についての提案の書です。
ちょうど1年前(2018年1月)、マーケター兼ブロガーのアン・H・ジャンザー著『サブスクリプション・マーケティング〜モノが売れない時代の顧客との関わり方』(英治出版)を書評で取り上げました。同書は、米国でのサブスクリプション・ビジネスの現状、そのマーケティング戦略を理解するためには最良の手引き書でした。
その書評のなかで、私は以下のように述べました。
“先行している国や分野だけに限らず、今後はメディアから消費財メーカー、流通業、さらにヘルスケアビジネス、教育分野など、業界・業種にかかわらずこのビジネスモデルは拡大し続けていくと私は考えています。”
奇しくもこの1月23日(水)、一般社団法人日本サブスクリプションビジネス振興会設立イベントが都内でも開催され、日本においても本格的にサブスクリプション・ビジネスの展開とそれによるエコシステム社会の到来となることは、時を待たずして不可避な状況だと感じます。
本書は2部構成です。
第1部(1〜8章)は、サブスクリプションがビジネスを変えつつある状況を、さまざまな業界や業種の事例をもとに各章ごとに分析し紹介しています。
第2部(9〜15章)では、サブスクリプション・ビジネス(モデル)を企業に適用するための考え方と戦略、オペレーションやその手順などについて説明しています。
なお著書のツォは、本書をスタートアップより伝統的な企業、ビジネス経験者に向けて著したのだとも述べています。ですから、もし上記のジャンザーの著書は読んでいるしサブスクリプションの考え方は十分に理解している、米国での動向や情報なども常にアップデートしている詳しい人であれば、ご自身に関連する業種や業界の章だけを確認のために読み、その後の第2部からいきなり読みはじめるのもよいでしょう。
新しいサブスクリプションの視点とは
サブスクリプション(subscription)という言葉は、「予約購読または定期購読」という訳語が辞書などで当てられ、新聞や雑誌などの出版業界では長らく使われてきました。最近のラインラインサービス(ビジネス)では、定額制あるいは定額課金という言葉で頻繁に利用されています。
これについて、著者のツォは以下のように述べています。
“顧客をサブスクライバーに変えて、定期収益(リカーリング・レベニュー)がもたらされる構造を築くこと。”
上記の定期収益にもとづく企業の収益構造(ビジネスモデル)、それによる経済社会が「サブスクリプション・エコノミー」なのだということです。
今日では企業を中心に多くが利用しているSaaS(Software as a Service)ですが、著者はそれを創業期のセールフォース・ドットコム(1999年設立)ーーテクノロジー、イノベーション、マーケティング、営業などーーの経験から得たものです。
ツォが率いるZuoraは創業からの約10年、多種多様な企業にサブスクリプション・サービスを提供してきました。それらのなかには出版社や新聞社、ストリーミングメディアから製造メーカー、オンライン教育、ヘルスケア企業、大手トラクターからスタートアップまであり、そうしたなかからさらに多くを学んできた知見にもとづいて本書を書き上げました。
デジタル・サブスクリプションーー「顧客の時代」唯一のビジネスモデル
米国経済誌のフォーチュンが毎年発表している世界企業番付「フォーチュン500社(Fortune Global 500)」を2000年発表時と比べると、現在ではその半分以上がリストからすでに退場し1955年はじめてのリスト化からは実に82%が消えています。
リストに残っているわずか12%の企業、その代表格の1つがIBMです。同社の草創期には商業用の秤とパンチカード式作表機の販売会社でした。第二次世界大戦後はメインフレームからPCへ、今日ではクラウドとAI企業へと変貌しています。
またキャッシュレジスターで有名なNCRは、その後はPOSやATMなどが主力製品でしたが、現在では決済ソリューションなどITインフラを中心とした総合情報システム企業へと脱皮しています。
生き残ったこれら企業群に共通していることは、自らのビジネスの収益基盤をうまく時代の変化に対応させてきたことです。
結局、生物だけではなくビジネスにおいても、ダーウィンの有名な言葉「生き残るのは最も強い者でもなく、最も賢い者でもない。最も変化に適応できる者」は正しいわけで、デジタル・トランスフォーメーションできなければ市場からは撤退せざるをえない社会(時代)なのです。そうした変化に対応できる能力の高い企業のことを、私はCorporate metamorphosesと勝手に呼んでいます。
「新興エスタブリッシュメント」と著者が呼ぶアマゾン、アップル、グーグル、フェイスブック、ネットフリックス、これらに続くボックス、ウーバー、スポティファイなどです。これらの新興企業群は、デジタルを媒介として顧客と直接関係性を構築し、そうした顧客ひとり一人が異なる価値観を持ち、それを認識したうえでビジネスを展開し、すべて顧客を中心にした収益基盤を確立していると。
現在の顧客は、生活のあらゆる場面でスマホなどからでもすぐに、さらには継続的に利用できるサービスを求めているのだと著書は述べています。
今日、「顧客の時代」といわれるようになって久しいのですが、顧客を収益基盤にして企業が存続することの難しさを指摘しています。つまり顧客中心の戦略とはいいながら、それは自社製品の都合を顧客に合わせているだけで、“あるがままの顧客”を受け入れているのではないと。
サブスクリプション・エコノミーあるいは新時代の「クリック&モルタル」
第1部では、デジタル・サブスクリプションがもたらしている変化について、さまざまなビジネス領域について業界ごとに章を割いています。
小売業(2章)、映像産業(映画やテレビなど)、モビリティ(自動車、電車、飛行機など)産業(4章)、新聞と出版(5章)、テクノロジー産業(6〜7章)など、個別業界にフォーカスしています。
2章の小売業で興味を引くのは、アップルやアマゾンだけにかぎらずネット企業の多くがリアル店舗への出店加速を強めている状況について、その根底にはかつてのようなEコマース vs リアル店舗という旧来的な発想からではなく、リアル店舗を実はネット店舗の拡張機能として活用し、そこでしか味わえない魅力的なショッピングやサービス体験を顧客に提供することこそが目的なのだと。
3章の映像メディアでは、かつてDVDレンタル企業で現在ではSVOD(Subscription Video on Demand=定額制動画配信)の代表であるネットフリックスですが、劇場映画かテレビ番組という選択肢しかなかった顧客に、ストリーミングサービスを提供することで収益構造を転換して成功しています。しかも、オリジナル番組制作に年間80億ドルという巨費を投じていますが、それも顧客にサブスクリプション継続をしてもらうためだと。
ちなみに、米国では3,000万人以上が音楽ストリーミングをサブスクリプションしており、米国音楽ビジネスの売上の半分以上をすでに占めているそうです。
どの業界にも言えることは、勝負はスケールーー売上高や発行部数などーーではなく、いかに顧客と直接エンゲージメントを高めながらサブスクライバーとして継続的に維持できるかなのだと語ります。
この第1部の最後、はたして「サブスクリプションできないものはあるか」との問いかけに、著書のツォは「ない」と明確に答えています。それは、製品についてではなくサービスレベルについて契約するからなのだと。
サブスクリプション・モデル成功の鍵と8つの戦略
第2部は、サブスクリプションのビジネスモデルを企業のあらゆる事業に適用させるための考え方、手順とそのオペレーションについて述べています。
デジタルによるサブスクリプション・モデルこそ、1対1の関係を構築する最適な仕組みだと明言しています。
サブスクリプションの成否(成長)の鍵となるのが、「プライシング」(価格設定)と「パッケージング」(商品特性の組み合わせ)です。
前者は、顧客がそれを利用することで得られる結果(成果)に基づく必要があり、後者は顧客階層——たとえばブロンズ、シルバー、ゴールドなどーーごとへの提供レベルを指しています。これについては、調査からシルバー、ゴールドの合計が全加入者の70%に達していることが理想的だとも述べています。
サブスクリプション・モデルで高い成長を維持するには複数の成長戦略を用意することを学んだツォは、下記の8つの戦略を提案しています。この8つは、数十の業界、数千のサブスクリプション企業と仕事を通じて得られたもので、同時にこれらの少なくとも2つか3つを組み合わせながら成長を追求することが理想的だと。
(1)最初の顧客グループを獲得する
(2)チャーン率を引き下げる
(3)営業チームを拡大する
(4)アップセルとクロスセルで顧客価値を高める
(5)新しいセグメントに参入する
(6)海外展開を図る
(7)買収によって最大限の成長機会をつかむ
(8)プライシングとパッケージングを最適化する。
(2)のチャーン(解約)率が抑えられているか否かを判断するのがもっとも簡単な方法なのですが、チャーン率測定方法はビジネス内容や業種に依存するし基準も各々で異なるので一様ではないことに注意をうながしています。
(5)の成功事例では、ボックスが取り上げられています。同社は当初セルフサインアップによるフリーミアムサービスで、現在でも多くの個人ユーザー(私もその一人)を抱えてはいますが、現在の収益のほとんどは企業からもたらされています。
(8)は、上記でも成否(成長)の鍵と述べましたが、この考え方にもとづく企業は一般的には少なくとも年に1度はプライシングの見当または更新をしているそうです。
先に、本書は伝統的な企業、ビジネス経験者に向けて書かれたものだと述べました。
もし、サブスクリプション・モデルを導入しようとして自社のIT部門との連携が必要な人は「14章 ITーー製品ではなくサブスクライーバーを中心に置く」が参考になるでしょうし、財務部門関係者であれば「13章 ファイナンスーー新しいビジネスモデルの構造」から示唆を得ることができるでしょう。
「サブスクリプション文化」の重要性
サブスクリプション・エコノミーは「所有」から「アクセス(利用)」、そしてすべてはどうすれば、企業にサブスクリプション文化を根づかせることができるのかという視点で語られています。そのために、企業の組織自体も顧客中心に改編されていなければならないし、それができなければ企業文化としても根づかず成功も厳しいだろうと、ツォは以下のように語ります。
“「顧客重視」というのは単純なコンセプトだが、実現するのは難しい。そのためには企業文化を変えなくてはならない。”
実にごもっともな指摘です。ズオラの初期、ビジネスは順調に拡大していましたが部門間の壁があり、顧客が置き去りにされてしまっていたと率直に語っています。どうればよいか見当もつかないなかで、試行錯誤を繰り返しました。
その結果として「PADRE」というフレームワークにより、ズオラ全体を可視化する8つのサブシステムを構築したのですが、その中心にはすべて顧客が置かれています。
その概要は以下です。
(1)パイプライン(Pipeline):ウェブとソーシャルメディア、PRなど
(2)獲得(Acquire):営業チーム、セルフサービス
(3)導入(Diploy):実装・導入、カスタマートレーニング
(4)利用(Run):アカウント管理、テクニカルサポート
(5)拡大(Expand):アップセル、クロスセル、カスタマーエバンジェリズム
(6)人材(People):採用と研修、キャリア開発
(7)製品(Product):研究開発、ベータ版イノベーション
(8)資金(Money):財務、法務
上記は、本来であればPADRE/PPMになりますが、後ろの3つを略して呼んでいます。
そして、著者のツォは「サブスクリプション・ビジネスは、顧客の幸せの上に成り立っている唯一のビジネスモデル」とまで断言しています。
ツォがセミナーや講演などできまって受ける質問は、どうしたらサブスクリプション・モデルに移行できるのかということです。そうしたときは、企業は競合他社の製品やサービスは真似できても、ロイヤリティを持つサブスクライバーから得たインサイトは盗めないのだと。
同様なことは、先述したアン・H・ジャンザーもその著書でも以下のように述べています。
“他の企業があなたの提供する商品やサービスをコピーすることは可能かもしれない。しかし、あなたと顧客との関係をコピーすることは不可能である。”
つまり、サービスや製品を追随あるいは模倣するのはたやすいが、サブスクライバー=顧客との関係性を模倣することは容易ではないということこそ、企業にとっての競争優位性のキーファクターなのです。
また顧客を獲得した後の顧客との関係性の成否は、そのままサブスクリプション・モデルの成否となることを、マーケターとしては心に刻んでおくことが重要です。
ジャンザーの書評でも、私は以下のように記しました。
“つまり、サブスクリプションでは、購入したあとその顧客が常に満足し続けるために、継続的・長期的・安定的な収益を維持し強化していくための活動が継続的な収益(リカーリング・レベニュー)を得ることとして重要になるからです。
そうしなければ、顧客は簡単に解約して新しいサービス、競合や別のサービスにたやすく乗り換える(解約、離脱する)からです。”
つまり、これはサブスクリプション・ビジネスに限定されたことではないのですが、新しく担当部門を設けてそこに任せるだけでは真の課題解決にはならず、それに相応しい組織編成や企業体制に最適化する姿勢(意志や情熱)なくしては、本当の意味で顧客を中心にした企業に転換するのは難しいのだということを本当に実感します。
ところで、「サブスクリプション・モデル」という言葉が使われると、なにか新しく深遠なビジネスモデルのような気がしますが、これはなにかに似ていると思いませんか。そうです、ビジネスモデル(収益構造)としては、古くから存在しているメンバーシップ(会員制)組織と同じなのです。
それには、まず会員になってもらうことが大きな前提なのですが、会員として獲得してからがさらに重要なのはだれにでも理解できるでしょう。
常に顧客とともにあり、寄り添い、そして顧客に満足してもらいながら一度会員になったからには終生の会員であり続けてもらうことです。それこそが、長期にわたる会員費=定期収益源(リカーリング・レベニュー)の源泉ですし、会員増こそが組織成長の鍵を握っています。
このようにサブスクリプション・モデルは、これまでのERPやCRMやコミュニケーション戦略における転換を企業に強いることになるとツォは語ります。
それは、顧客をsubscriber(購読者)として把握し、獲得(契約)したときが真のはじまりです。そして、契約した人たちは何を考えどのような人たち(属性)で、どのようなコンテンツを閲覧し、どのような商品やサービスを購入しまたそれらはどういった好みなのか等々、多岐にわたることを理解し、長期的で良好な関係構築を継続してチャーン(解約)率を防ぐために最大限に努力をなければなりません。
そうした意味では、サブスクリプション・モデルは新時代の顧客囲い込み戦略ですが、顧客に囲い込まれていると思われてはいけません。
さて最後に、どうしてもユーザー(顧客)の立場として忘れてはならないことがあります。それは、通信あるいはシステムの不具合などで「アクセス」ができなくなった場合です。
あらゆる製品やサービスをデジタル・サブスクリプションとして利用するということは、もしアクセスができない状況が顧客に訪れたときどうするのかという問題です。
ゲームや映像、音楽などのコンテンツが楽しめないということでしたら、混乱は避けられませんがそれほど重大事にいたることはないでしょう。しかし、これがモビリティや医療分野で利用できない事態となれば、社会的にバイタルな問題にまで発展します。そうしたことについて本書では語られていないことを、私たちは十分に理解しておくことが大切です。
つまり、あらゆるビジネスのサブスクリプション化が可能な時代にあって、自社がそれに舵を切ろうと判断するとき、そうしたことで顧客に取り返しがつかないほどの損失や損害を与えることはないのかと問うことです。
その問いを決して忘れない企業姿勢こそが真の意味での顧客中心なのだと、私は本書を読みながら感じました。
関連リンク:日本サブスクリプションビジネス振興会