和食は日本が世界に誇る文化ですが、手帳も同様に独自文化のひとつだと、私はこのごろ感じています。
みなさんは、手帳をお使いでしょうか。毎年、10月以降は書店や文具店だけではなく、生活雑貨店から家電量販店でも手帳フェアを開催しています。
この日本の「手帳文化社会」について、来年用の“手帳散策”にいくつかの売り場を見て回り、気づいたことや考えたことを述べます。
みなさんも、これから年末にかけては新しい手帳を選ぶ時期でしょう。そうしたさい、この記事が参考となれば嬉しく思います。
デジタル社会が日常の今日ですが、手帳を利用していない人の方がむしろ少ないのでと思います。
日本は手帳文化の社会です。子供のころには生徒手帳、社会人になってからは社員手帳、子供が生まれたら母子手帳、高齢者にはシルバー手帳、警察官には警察手帳(欧米ではバッジとID)。そのほかにも歴史手帳、つり手帳、鉄道手帳、天体観測手帳など、趣味の手帳から著名人の名を冠したものまでも実に多種多様にあり、海外とは異なる日本のこうした手帳文化にカルチャーショックを受ける人や海外ニュースで報道されるほどです。
80年代末、電子手帳やPDAが注目されていたころ、近い将来には手書きの手帳は消えるだろうと喧伝されていたのが嘘のように、売り場を眺めているとそれとは反比例するかのように年々高まる紙の手帳人気は、多分みなさんも感じているでしょう。
年末が近づくと、各雑誌では手帳特集号を組まれてムック本(『手帳事典』など)も刊行され、ネットの記事でも手帳関連のコンテンツが増加し、ビジネス書コーナーに出向けば手帳の活用術の書籍が20冊以上並び、手帳セミナーまでもが開催されています。
また、手帳に関する個人ブログでは、各人が手帳を選んだ理由(またはなぜ替えたかの)、選ぶポイント、賢い使い方までも詳しく解説、さらには手帳評論家、手帳術(ライフ)研究家、手帳術講師までもいるほどで、各々が手帳専用コンテンツで手帳道を指南、世界を見わたしてもこれほどまでに手帳への愛着が強く多様性が根付いている日本は、まさに上から下まで手帳文化による社会といっても過言ではないでしょう。
「手帳文化社会」日本の実態
恒例の「手帳フェア」は、私の知っているかぎり伊東屋銀座店が毎年9月開催と一番早く、以前には毎年出かけていたほどです。10月に入ると都内の大型書店、東急ハンズやLOFTから、街の小さな書店や生活雑貨店までも一斉に専用コーナーを大きく展開します。こうしたフェアを見ると、年末を感じる人もいるほどでひとつの風物詩となっています。
「能率手帳」で最大手の日本能率協会マネジメントセンターの調査、同じく大手「手帳の高橋」が毎年実施している調査でも、デジタル世代の若年層でもアナログ手帳の支持派が多いことが、昨今の手帳人気を反映しています。
今日、手書きで書類作成はしないし、メモすらPCで取る時代。なぜこれほど多種多様な手帳が発売され、ますます人気が高まり発売点数が増えているのでしょうか。
かつて手帳コーナーで各商品をじっくりと吟味しているのは、ほとんどがスーツ姿の男性だけでした。それが今日では、女性だけではなく10代とおぼしき若者たちまでも買い求める光景を目にします。
手帳1.0〜3.0とは
さて、ここでは私もコトラー教授に倣い、以下のように勝手に手帳を定義してみます。
「手帳1.0:アポイント+メモ」(戦後〜80年代中頃)
戦後から高度経済成長をへて80年代中頃まで。この時代、企業手帳中心で大手企業では社名入りで巻末に社訓・社是・社歴のある社員手帳を配り、みながそれを使用していました。サイズはスーツの内ポケットに入る大きさで、用途は社内会議や顧客との打ち合わせのアポイントとその内容をメモするだけのシンプルな使い方で、男性が使うのでカバーも黒に年度が刻印されているだけのもの。
また手帳は企業が支給するもので、年末の顧客への挨拶まわりにはカレンダーと一緒に配るのが通例で、こうした手帳にプライベートな予定などを書くということはまず考えられず、ましてや自分でお金を出してわざわざ購入するものではありませんでした。
メーカーも日本能率協会マネジメントセンター、日本生産性本部など、企業の人材育成支援、自己啓発、企業セミナー・研修、研究などを行う企業が主に販売していました。
「手帳2.0:スケジュール+タスク・マネジメント」(80年代中頃〜90年代末)
80年代以降、日本経済のグローバル化が加速し社員の生産性向上という企業命題もあり、タイム&タスク・マネジメントの傾向が顕著になってきます。特に1984年に日本国内で“Filofax”(英国)が発売されシステム手帳が大人気となり、1日1ページ、To Do Listというフォーマットもこれで初めて知りました。同じく世界で最初の手帳メーカーともいわれ、英国王室御用達の“Letts”のオーセンティックな製品に、私もそうでしたが憧れた人もたくさんいることでしょう。
Filofax(ファイロファックス)
Letts(レッツ)
システム手帳の特長は、自分仕様にリフィルを組み合わせることで、その人の職種・業容に応じた手帳にして情報も一元化ができることです。
この2.0をもっとも象徴するのが1990年に国内でも販売開始され、「7つの習慣」としても著名でマジメントに特化したシステム手帳“Franklin Planner”です。
Franklin Planner(フランクリン・プランナー)
「手帳3.0:多様性+ライフログ」(90年代末〜現在)
90年代以降、男女雇用機会均等法による女性の社会進出の増加、インターネットの一般普及など社会が大きく変化します。
働く女性、テクノロジーの進展で職種や働き方の多様性が増し、従来のようにマネジメント志向ではなく、ICTエンジニア、クリエイターなどのフリーランス(SOHO)、創造的でイノベーティブな仕事、新しい職種が登場、さらにはワークライフバランスの推奨、テレワークやサテライトオフィス、副業(複業)が進展しつつあることなど、多様な背景が要因として考えられます。
それにより、手帳の目的や用途自体が大きく変化をします。また、輸入品では、バーティカルを生み出したフランスのブランド“QUOVADIS”が洗練されたデザインやイメージで70年代後半より日本でも販売されていましたが、特にファッション業界、クリエイティブ関係者、若者などおしゃれに敏感な人たちから急激に一般での人気を博すようになります。ここ数年では、手帳としては高額ながら“MOLESKIN”も同様です。
QUOVADIS(クオディバス)
MOLESKIN(モレスキン)
とくに女性の使い方はビジネス中心の男性とは異なり、その日の出来事のメモ、家計簿として利用するなど多様な使い方をすることもあり、能率協会では女性向け手帳「PAGEM(ペイジェム)」を用意し人気を得ています。
PAGEM(ペイジェム)
また、様々な著名人の名を冠した手帳(「神社系手帳」というそうな)も次々と発売、新しい手帳メーカーの登場、なかでも「ほぼ日手帳」の発売と成功が、新発想による多様な新興手帳を企画・販売する企業の増加に大きく貢献しているのではないかと思っています。
最近のLife +Dairy+Ideaがコンセプトのライフログ手帳「ジブン手帳」、タテ・ヨコ自在に使える新感覚手帳「ブラウニー手帳」など、今後も働き方や社会の変化にともなって新しいコンセプトの手帳が続くでしょう。
つまり、今日では傾向としては老若男女を問わず、手帳のライフログ的な使い方が増えているのです。
ワークスタイルや社会の変化と手帳との関係
こうして手帳という“レンズ”を通して振り返ると、日本における働き方や社会の変化を概観できます。まさに「手帳は世につれ、世は手帳につれ」です。
日本では、子供の頃から手帳に親しみ大人になっても常に携帯し、選ぶときにも比較検討し使い方にもこだわりがあり、デジタル社会の今日でも私たちの日常生活とは切り離せないほど深く根付いているのが手帳なのです。
ここ数年の万年筆人気でも感じるのですが、若い世代ほどキーボード入力とフリック入力が当然なのですが、むしろアナログな手帳に万年筆での手書きがカッコイイ(あるいは仕事ができるイメージ)という感覚があるのかもしれません。
いずれにせよ、1時間や30分刻みのスケジュールとメモという従来の記入様式ではなく、あるいはみなが同じ手帳を使うのではなく、その人自身のライフスタイルに合わせて手帳も選ぶ時代なのです。
さて、ここで今回の手帳散策で見つけた私の気になった手帳ブランドをピックアップします。
どのブランドも、新興手帳ブランドらしく正寸規格(A5・A6・B6など)ではなく変型版を用意、競合他社にはない独自のページフォーマット(ページ様式)なのも共通した特長です。
<EDiT(株式会社マークス)>
・編集やデザイン制作の会社として設立し、その後2000年ごろからカレンダーや手帳の製作に乗り出し急成長しています。
ほぼ毎年のようにグッドデザインや日本文具大賞を受賞し、現在では国内に直営店のほかフランスやドイツ、香港などグローバルに展開し、いまもっとも勢いのある新興ステーショナリーメーカーで、同社の主力ブランド手帳が「EDiT」です。
・同手帳でもっとも気に入ったのが「週間ノート/Weekly+Notes」タイプ(A5変型)です。これは、見開き1週間、上半分がスケジュール欄、下半分がメモ蘭で構成。スケジュール欄が3分割されているので、午前・午後・夜、On&Offなど使い方も自在です。
・また、同社の手帳カバーは、イタリアメーカー製PU素材を使用し洗練された上質なもので、手にしてみると国内ではいまのところ最高の手帳カバーだと思います。サイズが合うなら、カバーだけこれに変更したいという人もきっと多くいるでしょう。
<ES Diary(エイ出版)>
・『趣味の文具箱』をはじめ、多様なライフスタイル系雑誌の出版社で有名な同社ですが、その手帳ブランドが「ES Diary」です。
・このブランドでは「ウィークリーノート式」(A6変型)が気に入っています。見開き1週間でスケジュールが書き込め、それ以外は全ページがほぼ5ミリ方眼紙です。スケジュールはやはり週単位で把握したいし、1日1ページほどではないにしてもメモスペースもタップリと欲しいという人には嬉しい手帳でしょう。ただし、スケジュールを書き込む部分が小さいので、1日にアポイント数を多く入れるような人には向いていません。上記の変型版のほかにもA5・A6正寸も用意されています。
<Platinum Diary PRESTIGE(成美堂出版)>
・家庭実用書、各種資格ガイドの本、また現在では雑誌『鉄道ジャーナル』の発行元として知られている出版社です。
・同社の手帳シリーズが「Platinum Diary PRESTIGE」です。偶然にも見つけたのですが、まったくのダークホースでした。同社が手帳を販売していることも、これまでにも販売していたのか最近のことなのかまったくわかりません。
・手帳本体と別売りカバーの組み合わせで利用する形式で、お気に入りのカバーがある人には差し替えることができ、どのタイプも安価でコストパフォーマンスにもすぐれています。
サイズは、B6版(128×182)と謎の新変版です。「週間バーティカル+方眼紙メモ」が特長的なフォーマット。見開きで、スケジュール欄は右ページには平日(月〜金曜)のみ、左ページの綴じ側に週末(土日)を二段レイアウト。それ以外の部分はすべて5ミリ方眼紙という様式です。一般的な企業で週休二日の人たちであれば、スケジュールは右ページだけをみれば把握できますし、左ページにメモを集約することができるので、アイデアやなにか書き留めたことを見返すときには、左ページだけですませられるので喜ばれるでしょう。
・ただし、サイズは上記のほかに用意されていないようですし、B6版とはいいながらサイズが少し大きい(131×189)のです。つまり、B6正寸より縦に7ミリ、横に3ミリも大きく(だから変型)、したがって、これまでお気に入りで愛用していたB6版手帳カバーを持っている人は、そのまま利用することができないので注意が必要です。
ところで、こうして進化する手帳なのですが、もしコトラー教授が手帳をマーケティングしたら、手帳4.0はやはり「自己実現」というだろうか。この記事を書きながら、ふとそんなことを考えました。
それでは、来年用の良い手帳との出会いを。