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【書評】私たちはどこまで資本主義に従うのかー市場経済には「第3の柱」が必要である

人形とコイン

 読み終えて本を閉じた瞬間、この本あるいは著者に出会えて心からよかった、と思えるようなものは極めて少ないでしょう。本書は、そうした稀少な1冊です。

今回紹介する『私たちはどこまで資本主義に従うのかー市場経済には「第3の柱」が必要である』(ヘンリー・ミンツバーグ:ダイヤモンド社)は、わずか200ページたらずという新書なみの分量の啓蒙的小著ながら、「私たちの世界は、危険なまでにバランスを失っている」という切迫感から本書を著したミンツバーグが語る内容に、読み始めると一気呵成に引き込まれます

ヘンリー・ミンツバーグの日本での認知度は、ピーター・ドラッカー、マイケル・ポーターには及びませんし著作も二人に比べて数えるほどです。

しかし、経営戦略やマネジメント分野において、21世紀の今日では上記の二人と同等もしくはそれ以上に世界的に高い評価を得ています

かく言う私も名前だけは知っていましたが、ミンツバーグに実際に触れたのは、『戦略思考力を鍛える』(06年:ダイヤモンド社)というハーバードビジネスレビューのアンソロジーでした。

同書に収録されている「戦略クラフティング」「戦略プランニングと戦略思考は異なる」の2つの章で語られていること、前者はなんとなく漠然と戦略プラニングについて感じていたこと(創発)、後者についてはそういう視点が欠けていたので、私には目から鱗が落ちるほどの示唆がありました。

ミンツバーグの名を一躍有名にしたといわれる『マネジャーの仕事』(1993年刊:白桃書房)、『戦略計画 創造的破壊の時代』(1997年刊:産能大出版部)、そして『戦略サファリ』(第2版2012年刊:東洋経済新報社)などは、それでも恥ずかしながら未読です。

その後、ミンツバーグのことは忘れていたのですが、仕事の関係でコミュニティ・デザインに関する問題を考えていたとき、彼の『いま、リーダーシップより「コミュニティシップ」が重要である』(2016年)をウェブで読み、同じころに発売されいまのところ彼の最新刊の本書を知りました。

書店で手にしてみると、ほかのミンツバーグの著書とは違い、薄い本で価格も手ごろなことに加え、批評(論説)的ですが平易な語り口で、今日の世界的な問題についての鋭い指摘とそれへの処方箋が書かれています

巻末の補章は、本書刊行前(2013年)にインタビューを受けた「コミュニティシップ:社会を変える第三の力」という記事が添えてありますので、まずは最初にこれを読んでから本文にすすむことをおすすめします。

21世紀という、いまそこにある危機

20世紀末、経済のグローバル化、テクノロジーの進展、EU統合など、世界的な発展と融和をもたらすと、大いなる希望が語られそうした書籍が書店の店頭を賑わしていました。

21世紀の今日、それが一転して資本主義経済とそれを支えている民主主義社の歪みが一気に噴出し、経済格差の拡大、世界中で発生するテロの先鋭化、急速な高齢化社会の到来などの困難な問題を孕みながら、社会の分断化はより深刻化している情勢で、様々な危機への懸念から警鐘を鳴らす書籍ばかりが巷には溢れています。

サミュエル・ハンチントンは『分断されるアメリカ』(2004年:集英社)を著し、10年ほど前には、ジャック・アタリの『21世紀の歴史』(2008年:作品社)が大いに話題となりました。

そのほかにも、エマニュエル・トッドなどはいくつもの著書が刊行され、最近では、格差社会を歴史的かつ実証的に分析したトマ・ピケティ『21世紀の資本』(2015年:みすず書房)は、分厚く高額な本なのにもかかわらず書店を賑わしてベストセラーとなり、各種メディアの大きな話題でした。そしてフィリップ・コトラーは『資本主義に希望はある』(2015年刊:ダイヤモンド社)を著しました。

今日の世界情勢を見れば一体だれが良い方向に進んでいると確信をもって言えるのかと思うほどで、いまそこにある危機については保守もリベラル(あるいは右派・左派・中道)の別もありません

そうした問題意識を共有するかのように、ミンツバーグが著したのが本書です。袋小路に陥った資本主義とそれを支えている民主主義社会への処方箋を提示しています。

原題は、“Rebalancing Society-Radical Renewal Beyond Left. Right, and Center”です。

社会の新しいバランサーとしての「多元セクター」とは

天秤

原著タイトルを邦訳すれば、「社会均衡の是正〜左派・右派・中道を越えた抜本的刷新」です。

ミンツバーグは、すでに有効性を失った革命思想に代わるべき新たな社会変革の思想を打ち立てるような試みをしています
本書の着想は、23年前(1992年)、ソ連にはじまる東欧諸国の社会主義体制崩壊後にチェコのプラハを訪れたところまで遡ります。
世界中が資本主義や民主主義の勝利に酔いしれていた最中、ミンツバーグはその大いなる勘違いにバランスを欠いた社会の危うさ感じました。

それから膨大な書籍、学術論文はもとより新聞・雑誌などの資料を集め、実際に執筆にとりかかったのはそれから17年たった2009年。

本書の冒頭、ミンツバーグは民主主義(ひいては自分たち)を破壊しているアンバランスな社会にうんざりし、振り子のように左右の両極に振れるような政治(現状は、世界的には大きく右に振れている)、真ん中(いわゆる中道)で機能不全に陥っている政府も不要だと言い、これまでのように企業(経済)と政府(政治)のタッグに任せていることで、現在の様々な社会問題を解決できるという考え方は変えるべきだと指摘します。

ミンツバーグの処方箋の具体案は第4章で「抜本的刷新」(Radical Renewal)を提唱しています。これはミンツバーグによれば、革命以外で社会の変革(刷新)する方法だと語ります。

それは、経済(民間セクター)・政治(政府セクター)・社会(多元セクター)という、3つのセクターのバランスからなるが「三位一体」の社会を目指すべきだというのです。

ここで誤解してはいけないのは、この「多元セクター」が他の2つ(民間セクター・政府セクター)に代わるオルタナティブな柱ではなく、それら2つに加えた第3のセクターを構成するということです。

それらは多様なNGO、NPOや慈善団体から様々な組合、社会運動(ソーシャルムーブメント)や社会事業(ソーシャルイニシアチブ)などが包括的に含まれ、特に社会運動と社会事業から出発することを説きます。

ただし、企業セクターや政府セクターが動くこと(かかわること)なしに、抜本的な刷新を成し遂げるという幻想は抱いていません。

また、この「多元セクター」が、他の2つのセクターと同程度の力を持つようになることが必要であるとも語ります。

ですから、他の2つのセクター(政府と民間)と最初から対決するような姿勢(理念)ではなく、それらと協働し(巻き込み)ながら、変革を遂行していくことを説いているように、私には感じられます。

近年、アメリカに限らず政府と地域コミュニティが弱体化しており(参照『孤独なボウリング〜米国コミュニティの崩壊と再生』ロバート・D. パットナム:2006年柏書房)、また、政治セクターの弱体化が過度な民間セクターへの偏り(経済のグローバリゼーション)を促進したことで、政府セクターの力を弱める要因ともなっていると同時に、そのことが世界的な格差をますます増大させる苗床となっていると指摘しています。

コミュニティシップの転形期ーー抜本的改革に向けて

人の人形と縄

ここ数年、シェアリングエコノミー、“Conscious Capitalism”、“Sustainable Capitalism”あるいは公益資本主義などの言葉に象徴されているように、これまでの資本主義企業とは異なり、企業の社会的責任と存在理由から出てきたようで、そのどれもが含意するニュアンスは「社会的意識による資本主義」くらいの意味で、言葉は違えど発想としてはジャック・アタリ的にいえば調和重視企業ということでしょう。

そうした志向性をもつ企業や社会、主に社会学ではソーシャル・キャピタルという言葉で表しています。

あるいは、ダボス会議でも注目された“Kinship Economy Era”(つながりによる経済時代というニュアンス)という考え方もあります。

上記の言葉や考え方が、ほぼ同時期に様々な人たちから提唱あるいはいくつかの企業が誕生している状況は、資本主義による経済システムが転換点あるいは変容期を迎えています。

ミンツバーグの提唱する「多元セクター」で、もっとも重要視されているのがコミュニティシップです。

これは、「人々が力を合わせて、協働しながら好ましい結果を生み出す姿勢のこと」です。

別言すれば、個人向けのリーダーシップ(企業)、集団思考のリーダーシップ(政府)に加え、協働志向のコミュニティシップを第三の柱として確立することです。

また「共有財産」という視点も強調されています。

そういう視点から考えれば、フランクフルト学派第二世代の重鎮たる思想家ユルゲン・ハーバーマスの中心的概念である公共性(圏)論、コミュニケーション論にも通じるでしょうし、「多元セクター」という考え方自体、アントニオ・ネグリ&マイケル・ハートが提唱するマルチチュード(統一性と多様性、同一性と差異性を併せ持った変革主体)とも共通するようにも私は感じられます。

さらには、マイケル・サンデルでも知られることになった『公共哲学』、古くはジョン・デューイ『公衆とその諸問題』(共にちくま学芸文庫)まで、読者自身の思考や問題意識を深化させることで、ここ数年、世界的に退潮が著しいリベラリズムに取って代わるように台頭しつつあるコミュニタリアニズムへの潮流も理解できるでしょう

また、本書内で言及あるいは引用されている様々な書籍や言説(トクヴィル、ポランニー、ミードなど)、さらには各章末ごとに丁寧に付された脚注からも気づきや示唆などを、本書の読み手はいくらでも引き出すことが可能です。

そうした世界認識への視座へと誘ってくれる書ですが、一度ではその多様なテーマについてここで語り尽くすことはできません。

現在の私たちの社会(起業・組織)、国家そしてもちろん個人も含め、これからの世界をより良い世界にしていくためにはどのようにしていくべきか、という切迫した意識と視点は保守・リベラル(または右派・左派・中道)とを問わず、私たちすべてに突きつけられた喫緊の課題です。

本書は、社会学に関する本ですが(本人も専門外と自覚)、しかしマーケティング関係者であればコトラーなどのソーシャルマーケティングに関する本などと併読することで、さらに本書の提唱する内容の理解を一層深めることができるでしょう。

さて、もしミンツバーグに興味を覚えその全体像を知るには、これもアンソロジー集ながらけっして安価ではないのですが、それでも『H. ミンツバーグ経営論』(2007年:ダイヤモンド社)が入門書的としては最適だろうと思います。

同書には、先述した「戦略クラフティング」、「戦略プランニングと戦略思考は異なる」も収録されています。この2つはマーケター必読です。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。