今日、マーケティングコミュニケーションはICTの急速な進展により、日々変化しています。
もし、みなさんがマーケティングについて悩んだり迷ったりし、なにかヒントや示唆を欲しいと思ったとき、この本を手にすると良いでしょう。
扱っているテーマは、いわゆる「マーケティングの差別化」(Differenciation)についてです。
これはマーケティング戦略について考える際、だれもが口にするほど中核をなす最重要課題です。
本書は、初心者には入門書として、日常業務に忙殺されているベテランマーケッターが読んでも、きっと発見、示唆、再認識などがあるでしょう。
大人気の女性経営学者による初の著書
原題は“Defferent~escaping the competitive herd”(「独自性~競争群から抜け出すには」くらいの意味)です。
私自身、今回はじめて知ったのですが、この著者はイェール大学、スタンフォード大学で修士号と博士号を取得し、現在ではハーバード・ビジネススクール教授を務めています。
しかも、あのマイケル・ポーター(『競争優位の戦略』など)、さらにはクレイトン・クリテンセン(『イノベーションのジレンマ』など)と並ぶほどの看板教授とのことです。
なお、本書はヤンミ・ムン教授にとって初の著書となります。
邦題は、原タイトルだとマーケティング関係者にしか読まれないということ、広くビジネスパーソンが読むことで、ヒントや気づきになる内容ということからつけられたのだろうと思います。
すでに述べたように、本書の原タイトルが“Defferent”と実にシンプルです。
マーケティングにおいてDifferenciationというのは「差別化」とあてられています。この訳語が陥穽(罠)なのです。
そこで真っ先に思い浮かぶのは、マーケティングではもはや古典ともいえる2000年に刊行されたジャック・トラウト著『独自性の発見』(原題“Differenciate or Die”)です。
これは、競合他社とちょっとした差異化をはかり違いを出そうとすることが、どこの企業も同じように考えているので、結局はどれも似たり寄ったりになってしまうジレンマに陥ってしまう状況を現しています。
一方消費者にとっても、それらはどれでも同じようにしか感じられないことで、消費行動における選択や購買行動において迷い、企業がもっとも訴えたいことより異なる判断基準(例:価格など)で購買してしまう状況となります。
マーケティング発祥の地である米国ですらこの罠があるのですから、いわんや日本をやです。
マーケティングの「コア」について知り、学ぶための本
さて、世界のトップ大学で学位を取得し、ハーバード・ビジネススクールでマーケティングについて教鞭を執っているほどの著者ヤンミ・ムンですが、堅く理路整然とした大学教授のような語り口とは正反対で、その内容は極めて具体的でわかりやすく、豊富な事例、簡潔で平易な文体でマーケティングについて書かれています。
その理由は、彼女の大学時代に読んだ『ご冗談でしょう、ファインマンさん<上・下>』(岩波現代文庫)に大きく影響されたことです。
リチャード・.P・ファインマンは、1965年に朝永振一郎、J.S.シュウィンガーとともにノーベル物理学賞を授賞し、つとに有名な世界的な物理学者です。
そのファインマンによる上記の著書は、研究だけではなく日々の生活の何気ないエピソード、その好奇心と探究心を持ち続けることが大切なことだと説きながら、気がつくと物理学への興味を喚起させられるような読み物として書かれています。
ムンもそれに倣い、ひとりの消費者、妻、母としての視点や着想からマーケティングについて語ります。それは、まるでエッセイのようでありながら、読者は身近な自分ごとに引き寄せながら読み進めることができます。
ですから、本書を閉じるころにはマーケティングへのより興味と関心が高まることでしょう。
Differenciationという言葉は、差別するという訳語以外に、識別、区別、特殊化という意味があります。
したがって「真の意味での差別」とは、市場で消費者に支持されているあるいは人気商品に「ちょっとした差別」を加えることではなく、「ひと目で違いを出せるか否か」を創造または見つけ出すことこそ、ただの群れ(競合他社)とは異なることが理解されその特長を伝えることであることを主張しています。
そうした企業の代表として有名な企業は、アップル社、ダイソン、かつての日本ではソニーなどでしょう。
ムンは、私たちが知っている製品やサービス(ブランド)をいくつも上げながら、本当の独自性を発揮する手法として以下の3つに分類しています。
(1)「リバース・ブランド」は、競合が不可欠とみなして提供しているメリットをむしろ避けることです。この本では、検索エンジンの「グーグル」などが代表例として取り上げられています。
(2)「ブレークアウェー・
本書では、ソニーのAIBOなどが事例となっていますが、最近ではiPhoneがこの代表例でしょう。
(3)「ホスタイル・ブランド」は、消費者の都合などお構いなしでむしろマーケティングの定石を壊すかのようなことをあえてすることです。
例えば、製品やサービスのデメリットを率直に語るなどがそうです。ある意味、限定された消費者だけにしかそのメリットが享受できないような製品やサービスを提供することです。
差別化は、依然としてマーケティング史上の大きな課題です。
とくに市場が成熟すればするほどこうした「異質的同質性が帯びる」(ムンの言葉)ようになり、消費者にはそれらは群れとしか映らず、ますますそうした差別化が無意味なものにしかならないことを語っています。
マーケティングのコアについて知り、考えるための3冊
以下に、ムンの本を併せて読むことで、さらにマーケティングへの視点や着眼点を考える際に役立つ本をご紹介します。
(1)『独自性の発見』(ジャック・トラウト:海と月社)
ムンの著書も、このトラウトの代表作と同様にマーケティング戦略における差別化を扱っています。これは、今日でも大きな課題であり、差別化しようとすればするほど、どれも似たり寄ったりの製品やサービスになってしまうという陥りやすい罠について語り、30年の実務経験からそれを回避するための10のステップを紹介しています。
(2)『フォーカス』(アル・ライズ:海と月社)
アル・ライズの代表作がフォーカス(原題“Focus”)です。市場が成熟するほど、製品やサービスは「フォーカス」(焦点を絞り特化すること)を失います。製品やサービスの売上拡大や付加価値、企業の多角化などの名目で自然と曖昧なものとなっていきます。
製品やサービスの特長に様々に付加されていき、そうしたことが増えれば増えるほど本来のメリットが損なわれてしまいます。
市場が拡大し企業が成長するほどそれを避ける方が難しく、これには意図的な戦略とかなりの努力が必要です。本書では、そのための15の方法が紹介されています。
(3)『ポジショニング戦略』(アル・ライズ&ジャック・トラウト:海と月社)
この二人は、大御所コトラーと並ぶマーケティング戦略の基本を学び知るための最重要にあげられており、また二人による代表作『ポジショニング戦略』をはじめとして共著も多く、特にこの代表作ではコトラーが「マーケティング業界に革命をもたらしたコンセプト」とまで語り序文を寄せているほどです。
ここでは、ポジショニング戦略を確立するための12の方法が語られています。
私自身、マーケティングについて気づきや示唆、戦略を考えるときの視点や着眼点は、コトラーではなくこの二人から多くのものを得ています。
これら3冊の本は常に手元におき、繰り返し読むべき本だといまでも思っています。