新年度が始まり、新社会人の中にはパブリック・リレーションズ(PR)の業務に携わる人も多いでしょう。PRについて知ったり学んだりしようと思ったとき、今日の書店に出向くとどの本を選べばよいのか迷うほど、PRに関する書籍で溢れています。
プレスリリースの書き方、メディアに取り上げられるにはどのようにすべきかといった各種ハウツー、ノウハウなどが、成功事例とともに語られています。
本書は、広報実務と同時にとその本質的な考え方や取り組む姿勢、業務の特性などを理解するための本です。新人研修のガイダンスやそのテキストとして、また中堅社員や管理職が自己の知見を整理し、部下への指導や指示を与えるときに役立つ最適な1冊になります。
本書のタイトルは『広報の基本』です。本文中、著者はパブリック・リレーションズを広報と同義語として使っています。したがって、特に断りがないかぎり、本記事においても広報という表記で統一しています。
著者:君島邦雄について
著者の君島邦雄は、企業コミュニケーションコンサルタントです。外資系製薬会社でコピーライターとして医療用医薬品のマーケティングを経験。
その後、大手医療機器会社で広報部門を立ち上げ、同室長としてその充実に注力しました。また、日本医療機器産業連合会広報委員長、日本医療器材工業会広報委員長、日本製薬協広報委員等を歴任。早稲田大学大学院商学研究科非常勤講師。
日本広報学会理事、日本インベスター・リレーションズ学会理事などを歴任。2008年、株式会社ココノッツを設立し、代表取締役に就任。2018年6月より、取締役会長に就任。業界団体の要職、大学での教鞭、広報学会などの重職も務め、長年にわたって広報実務に携わりながらその発展に貢献してきた経験豊富な方です。
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広報が難しい理由
広報は、コトラーをはじめとしたマーケティング戦略のような理論あるいは戦略体系がないことで、学びやすいとはいえないでしょう。これには、理由があります。わかりやすい広告とは異なり、広報は広範で複雑多岐な業務範囲を担っているからです。
本書は、広報について知りたい、学びたいという人たちに向けに一通りの知識をわかりやすく学べ、担うべき業務の全体像も把握できます。同時に、広報担当者としての資質、業務への大切な心構えについて述べていることが大きな特長となっています。
【書評】『わかりやすい広告と複雑なPR』(2023年)の中で、PRについて辞書や事典の説明をいくつも引用し、その中で『現代用語の基礎知識 カタカナ外来語辞典』(第5版)の下記の説明が、もっとも本来のパブリック・リレーションズに近い説明であると紹介しました。
“パブリック・リレーションズ【public relations】
広報活動。個人ないし組織体で持続的または長期的な基礎にたって、自身に対して公衆の信頼と理解をかち得ようとする活動。[略]PR”
著者の広報に対する基本姿勢は、本書では下記の2つの言葉に明示されています。
“広報の最終目的は、企業を社会に貢献する存在として発展させることにあります。”
“広報活動は、企業や組織の側にも社会や市民の側にも、双方に利益をもたらすものでなければならないということです。”
つまり、広報とはその活動や情報を提供する企業はもちろんのこと、それを受け取る側(社会や市民)、すなわち双方に有益であること。そうであってこそ良好な関係を築くことができるということです。
それが、PRが“Public Engagement(公衆関与、公共的関与)”ともいわれる所以であり、とても大切であるということ。広報の本質とそれへの心構えを、まず肝に銘じておくべき重要なポイントだということです。
広報の特性
第1章は、広報についての概論です。広報と広告の違いは、製品やサービス、企業などに関する情報をメディアに提供しても、掲載の可否についての確約や保証がないこと、その情報が掲載されても、メディアに対して料金が発生しないことなど、最近ではほとんどの人たちにも理解されています。
本章では、広報業務の特性について、以下の大きく3つの視点を示しています。
(1)対内活動(従業員、関連企業、株主・投資家など)
(2)対外活動(メディア、顧客、一般消費者、地域コミュニティ、行政・政府、その他各種団体など
(3)危機管理活動(リスク管理、クライシス管理など)
また、コーポレート・コミュニケーション(以下、CC)を、広報と同じ意味で使っている企業もありますが、厳密には両者は違います。CCには、広報活動だけではなく広告も含まれます。公共広告、意見広告などです。
また、新しい工場を建設するとき、ビルなどの建設や近隣地域を含めた再開発などでは、地域住民への説明会で理解や同意を得る必要があります。そのほか、地球環境を守るさまざまな活動、芸術・文化への支援活動、ボランティアなどの社会貢献活動なども、広報に関係する活動です。
危機管理という言葉には、「リスクマネジメント」と「クライシスマネジメント」という2つの異なる段階があります。
前者は、警戒すべき事案や危険の可能性ある要因をあらかじめ洗い出し、それらを想定して未然に防ぐ対策で、どちらかというと社内業務が中心になります。
後者は、事件や自然災害も含めた事故などなんらかの事態がすでに発生してしまった後、迅速な対応で損失を最小限に抑え、社会における評判、企業業績の回復を図ることが主で、どちらかといえば対外業務が中心となります。
もちろん、対内と対外とにそれぞれの業務すべてを判然と峻別できるわけではありません。リスク管理をどれだけ施しても、実際には最近の連鎖反応のように企業不祥事が多発していることからもわかります。
連日それらの緊急記者謝罪会見をメディアで目にしている人も多いでしょう。また自然による震災、新型コロナのようなウイルスのもたらすクライシスに見舞われる、あるいは第三者からの「もらい事故」のような意図しない事態や状況に巻き込まれる受難もあります。
広報の全体像を把握する
本書の中核は、第2章『広報という仕事』、第3章『広報マネジメント』、第4章『広報担当者の知識と技術・能力』で、全体の約8割を占め、広報業務を一通り把握し、その全体像が俯瞰して理解できるような内容です。
広報業務の特性は、企業のトップ(経営層)と一体ないしは二人三脚による業務です。広報活動は経営機能の一部を担っているので、経営トップとの距離が近く、その距離間が企業の広報業務への理解度のバロメーターとなります。
社内の各事業部や業務部門、取引先、子会社や下請け企業、株主や投資家などとコミュニケーションを密にし、自社の活動に関わるあらゆる情報やデータを集め、それを公式(オフィシャル)な情報として提供します。
仮に自社にとって不都合な情報であったとしても、それを隠蔽しようとせず、公表して説明責任を果たして透明性の高い企業である姿勢を示すことがとても重要で、それが広報業務にとっての試金石ともなります。
政治や経済、消費者の購買行動や心理、グローバル社会におけるさまざまな情勢や動向など、多種多様な要因が自社にもたらす影響なども勘案し、広報活動を堅実かつ的確に継続していくことが担うべき役割です。
また広報業務において外部のPR専門会社を活用するあるいはコンサルティングを依頼する場合、単発で依頼するスポット契約もありますが、月額契約によるリテイナー契約が基本となっています。
プレスリリースとメディア対応は、広報担当者の最も重要な仕事の1つです。しかし、記者などのメディア関係者向けの文案を、そのままSNSなどソーシャルメディアに掲載するのではなく、そのメディアの受け手に合わせて最適な表現や言葉、文章で伝える工夫が必要です。
そうした自社の開設しているソーシャルメディアやオウンドメディアで情報を公開するとき、外部の第三者のフィルター(メディア)を通さないので、とくに言葉使いや表現などに注意することです。文章力や表現力は、広報担当者の基本的スキルです。
また、プレゼンテーション(スピーチ)能力も求められます。とくに、新製品や新サービスの発表時、メディアを招いた会見ではそれらは不可欠です。
取材を受けるときの言葉使いや立ち居振る舞いなど、これは経営トップにもいえることです。トレーニングは、企業の顔として経営層にこそもっとも必要です。下を向いたままで用意された原稿を棒読みするようなスピーチでは、伝えるという意識が感じられず、気持ちがこもっていないような企業姿勢がネガティブな印象を与えてしまう映像を、私たちは数多く目にしています。
記者会見で自分の言葉で語れる人が少なく、したがってメディアトレーニングの必要性や重要性は、広報部門の大切な業務だと著者は述べています。
上記「広報の特性」でも述べたように、(1)から(3)の活動は、さまざまな人たちを相手にしたコミュニケーションによるリレーション活動です。すなわち、表現し、伝えて理解や共感、賛同さらには信用を得ることが仕事です。
最後の第5章『広報の将来』で著者は、今日の広報は大きな転換期であると述べながら、以下のように結んでいます。
“広報の目指すところは、明日の売上を伸ばすことでではなく、将来にわたって社会の良き構成員として企業を存続させ、発展させることなのです。”
売上に貢献する必要がないと、著者は語りたいわけではありません。
“Being a Good Corporate Citizen”(「良き企業市民であれ」)、また“Corporate Citizenship”という言葉もあります。
コーポレートガバナンス、コンプライアンス、アカウンタビリティ、ディスクロージャー、CSR、SDG’s、ESG、サステイナブルなど、それらの企業活動を支え伝えるのが広報の担うべき仕事であり、その広報人の志を知ってほしいという想いと同時に、長年PR実務に携わり、その後はPR業界の重責を担ってきた人としての願いが、本書に込められているように感じました。
本書は、広報業務についてマネジメント視点も含め、わかりやすく全体像を把握できること、コンパクトでありながら、わかりやすい言葉で語りかけていることです。
広報業務を担当する人たちに、その本質を理解してもらい、広報人としての心構えと取り組む姿勢を伝えること、それを本書から受け取ることができます。
本書は、個別の具体的な広報業務について、踏み込んだ手法などについて詳細に述べているわけではないので、個別の業務についてより詳細で具体的な内容を求める人がいるでしょう。それは、本書が広報に関する入門書的な位置づけであること、またそうした内容については他の巻に委ねています。
広報の入門書に最適な『企業広報ブックシリーズ』
本書は、『企業広報のニュー・スタンダート「企業広報ブックシリーズ」』(全6巻)の第1巻として刊行されています。基本的にはどの巻も企業の広報部門の担当者向けで、どれも新書なみの180ページほどの分量なので、広報の入門書として最適です。
広報企業に勤めている人たちはもとより、広告代理店やマーケティングコミュニケーション・エージェンシー、その他の業務担当者で広報の基本について知っておきたい、あるいはその業務特性を理解したい人たちにも有用な著書です。それら別の巻についても、機会を見つけてご紹介できればと考えています。
また、この第1巻巻末の参考文献には、スコット・M・カトリップ共著『体系パブリック・リレーションズ』(ピアソンエデュケーション)、アル・ライズ共著『ブランドは広告ではつくれない』(翔泳社)、デビッド・M・スコット著『マーケティングとPRの実践ネット戦略』(日警BP)など、PRパーソンにとって有用な著書も紹介されています。ご興味のある方は、それらを読むことで広報についてさらに理解を深めることができます。
本書は、業種・業界、一般企業、NPOなどの各種非営利団体や組織など、それらの規模を問わず、広報について見識と理解を深めたい人には、とても有用な内容が語られています。
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