前回の記事では、日本人が北米のカンファレンスで英語のプレゼンをすることがどれくらい難しいことなのか、そして効果的なスライド作成と内容の構成について詳しく解説しました。
今回はその次のステップ、すなわちスピーチ原稿の作成に焦点を当てます。成功への道は、準備が9割とよく言われますが、その準備の中心にあるのがこのスピーチ原稿(トランスクリプト)です。
前回もお伝えしましたが、私、神村優介(シェイプウィンの代表)は、アメリカIT・通信業界の中でも歴史ある代表的なカンファレンスである『PTC』において世界各国のリーダーの前でプレゼンをする機会を持つことができました。
また、同時期にカナダの食品業界団体である『BC Food & Beverage』でもオンラインですがセミナー講師として登壇しました。どちらもだいたい20−30人のオーディエンスを前にプレゼンしました。テーマはどちらも日本のマーケティングに関することです。
カナダに住んでるので英語もペラペラなんでしょ? と思われるかも知れませんが、私の英語のスコアは昨年の秋に受けたカナダの英語能力テストCELPIPで7、留学などでよく使われるIELTSに換算すると6.0のレベルです。
このスコアは「Adequate proficiency in workplace and community contexts」つまり、生活と仕事で最低限必要なレベルの英語力ということで、英語のレベルというと中級に値します。そのため、『準備』に3ヵ月以上の期間を費やしました。
今回のレポートは、3回の連載でお伝えします。今回は第2回ということで『欧米人に伝わるスピーチ準備編』をお届けします。
- 北米向けのパワポづくり編
- 欧米人に伝わるスピーチ準備編
- 直前から本番までの体験談
ネイティブに通用する英語スピーチの作り方
実はプレゼンやスピーチは短い時間でやる方が難しいのです。1時間あれば反応が良いところを厚くしたり、途中で会場に質問したりといろいろ調整ができます。
今回のプレゼンはどちらも10分程度。しかも、初めての方ばかりです。自分が何者か、そして話を聞くに値する人なのかを理解してもらうのを前半戦で、後半戦は「もう少し話を聞きたい」と思わせるような構成が必要です。
また、母国語である日本語ならある程度その場でアレンジもできるでしょうが、英語となると相当準備が必要です。単純にスピーチ原稿を作るところから練習方法、そしてオーディエンスを惹きつける工夫まで私が行ったことを紹介したいと思います。
話す内容は一言一句作るべし!
スライドに合わせてスピーチ内容(トランスクリプト)を作る必要があります。プレゼンになれている人だったらおそらくスライドのメモ欄に箇条書きにして本番ではそれを見ながら話している人も多いと思います。
英語でも同じことができますか? 普段会話である程度慣れてても英語で論理的に話すのは難しいものです。特に、キーワードだけ書いていてそれを基に話そうと思うと、どうしても同じ構文の話し方になるということがよくあります。「I think」とか「This is」の連発です。
伝わりますが、子どもの話し方になります。あなたが非ネイティブスピーカーでないのは分かっていても聞き続けるのはつらいものなのです。
なので、オススメは「スピーチ原稿を一言一句作ること」です。一字一句覚えるの? と疑問を持たれる方がいらっしゃると思いますが、これには大きな意味があります。伝えたいことを明確にし、聴衆が理解しやすい形で情報を整理する作業です。
そして、そのオリジナルがあることによって本番多少アレンジしたり、道がそれても戻ってこれるのです。英語中級者が英語でスピーチを行うので、そこは丁寧に行きましょう。
特に言語の選択に注意を払う必要があります。精緻な言語選択は、聴衆に対する敬意の表れであり、また、あなたのプロフェッショナリズムを示すものです。繰り返しになりますが、原稿は聴衆を引き込み、理解を深め、記憶に残るものでなければなりません。
スピーチ原稿を作る手順
スピーチ原稿はいくつかのステップに分けて作っていきます。
まずは日本語で箇条書きをしてみましょう。これは、先ほどのスライドの下にキーワードを書くのと同じです。英語であっても日本語であっても話の流れのよさというのは大事です。唐突過ぎないか、はじめの説明が長すぎないかなど気をつける必要があります。
日本で良いので周りの人にプレゼンをしてみてください。内容がわかりやすかった、まとまっているという視点の他に全く知らない人が聞いて、注目してくれるかという視点でレビューしてもらうのも忘れずに。これは英語に限らず日本語のプレゼンでも重要なことですね。
ここからが重要です。おそらく、英語でのスピーチ原稿を「さあ、作ろう」と思っても英語中級者だと英語の文章が出てこないと思います。また、英語ネイティブだったらどういう挨拶や盛り上げ方をするのだろうと悩むのではないでしょうか。
ここはChatGPTの出番です。それぞれのスライドで作った箇条書きの内容を元にChatGPTで英語のプレゼンテーションを生成します。一から英語の文章を考えても良いのですが、まあまあ骨の折れる仕事です。途中で嫌になるかもしれません。
ChatGPTを使う理由は楽をするとか生産性向上という理由ではなく「表現力を豊かにすること」が目的です。
例えば、重要という形容詞もimportantだけでなく、硬い表現のsignificantや、ないと成り立たないという意味のvital、極めて重要なcrucialなど単語のバリエーションが増えます。
他にも「〇〇について説明します」という表現も「I’ll explain 〜」を多用しがちなので「I’ll share 〜」、「I’ll derive into」などバランス良く使って行く必要があります。
簡単にChatGPTのプロンプトの例を示します。
プレゼンテーションのスピーチ原稿(トランスクリプト)を下記の条件で英語で作成してください。
・オーディエンス:40−50代のITビジネスのマネージャー、経営者、アメリカ在住
・英語のレベル:スピーカーである私はIELTSで6.0のレベルであり、英語のネイティブスピーカーではありません。
・単語の選択は上記の私の英語レベルに合わせたものにしてください。ただし、同じ単語や表現方法を多用すると飽きてしまうので、ある程度バリエーションを持たせてください。
・スピーチの長さ:1分間に200〜250ワードのスピードで2分程度の量にしてください。
・スピーチの中でオーディエンスを惹きつけるために重要かつ強調すべき単語は太字にしてください。
トランスクリプトに含めたい内容:
・内容1
・内容2
・内容3
できれば英語でプロンプトを書いた方が正確なものができます。ターゲットオーディエンスの年齢や属性を伝えることでその層に伝わりやすい表現を選んでくれます。また、このプロンプト以外にも「カジュアルな表現で」「フォーマルな言い回しで」といったようにトンマナを指定するのもよいでしょう。
プロンプトで自分の英語レベルを伝えることで、ちょっと背伸びをしたらできる英語レベルのスピーチ原稿ができます。これは驚きです。実は、最初のプロンプトはネイティブスピーカーの様なプレゼンのトランスクリプトを作ってくださいとお願いしたところ、舌が回らない単語や長くてどこにアクセントを置けば良いのか分かりづらい表現がありました。
実際に読んでみて原稿を調整する
原稿が一通り完成したら、実際に声に出して読んでみましょう。この作業は、原稿が自然に聞こえるか、また、聴衆に伝わりやすいかを確認するために不可欠です。
読んでみて不自然に感じる部分や、言いにくい言葉があれば、より自然な表現に置き換えます。
いきなり声を出して練習という訳にもいかず、まずは読んでみます。そうすると、知らない単語、意味の分からない表現があります。また、ChatGPTなので間違った内容もあるでしょう。そこはChatGPTに修正指示を入れて作り直すことをオススメします。
次はスピーチ原稿を声に出して読んでみます。そうすると、発音しにくい単語やテンポ良く話せない文章が出てくるはずです。例えば、LRが隣接する単語や3音節以上の単語は発音しづらいものです。
練習したら上手くなりそうなものはそのままで良いですが、難しいと判断したらChatGPTに「この文章を簡単な英語表現に」「この文章を2つの文章に分けて」など指示をして簡略化します。
このときに時間を計るとスピーチの長さが想定通りかどうかわかります。10分のプレゼンなら10分で終わる必要があります。本番は緊張して多少早くなることが多いので、ちょっとオーバーするぐらいの量がちょうどよいでしょう。
あとは練習あるのみ
原稿の完成後は、何度も練習を重ねることが大切です。とにかく練習です。何度も話をしている内にカンペを見なくても話せるようになります。練習で大事なのは声を出してやることです。リズムを取る、正確に発音するというのは、発声した声とそれを自分の耳で聞いたフィードバックで調整されるようにできています。恥ずかしがらずに何度も声を出しましょう。おそらく私は通しで最低でも30回はやったと思います。
練習するには手本があった方がよいです。友達に英語ネイティブスピーカーがいらっしゃれば発音やお手本を作ってもらいましょう。いない場合はAIの音声読み上げアプリなどを利用するとある程度のリズム感や発音はつかめます。
特に、英語の発音に自信がない場合は、発音練習に特化したアプリを利用するのも一つの方法です。私は苦手な単語はELSAという発音矯正アプリに入れて練習しました。このアプリのよいところはフレーズ単位でも練習できることです。
何度か声に出してスラスラ読めるようになったら、コンピューターの音声文字入力機能を使って話している内容がある程度ちゃんと発音できているか確認すると、うまくできていない箇所がよく分かるので、便利です。英語は発音やリズムが悪いと伝わらない言語です。
日本語みたいに単語を並べたらそこから想像できるようなハイコンテクスト言語ではないのです。
自信をつけるために、友人や同僚に聞いてもらい、フィードバックを得ることも有効です。私も弊社の社員や一緒にカンファレンスに参加する仲間に聞いてもらいフィードバックをいただき、何度も内容を修正しました。練習を通じて、スピーチの流れを自然にし、内容を完璧に覚えることを目指しましょう。
おまけ・アイスブレイクにチャレンジ
上記のやり方で必要最低限のスピーチはできます。しかし、場を暖めたり、印象を残すためには「アイスブレイク」が重要です。アイスブレイクとはその名前の通り固まっている会場の空気を壊すという役割があります。
北米のカンファレンスに参加していていくつか共通点があり、よく使われているものに「オーディエンスに簡単な質問をして手を挙げてもらう」というものがあります。
スピーカーの投げかけに対して反応するということを繰り返すことで、聞き手側もプレゼンテーションに参加する当事者意識が生まれます。
例えば私のプレゼンでは「日本でビジネスをしてる人?」「行ったことある人」というような一般的な質問を複数回することもあります。今回のハワイでのプレゼンでは、プレゼンの後に日本酒を提供するネットワーキングパーティーがあったため、ジョークを挟んでみました。
「プレゼンを聞かずに、先に日本酒飲みたい人?」と冗談を投げかけたところ複数人のノリがよく手を上げてくれたので「白状します! 私もです。レッツ酒パーティー」という感じで返したところ、会場が大爆笑でした。このアイスブレイクもある程度センスは重要ですが、ChatGPTで作ってもらうのが良いでしょう。間合いや言葉選びも重要です。
プロンプトの例:
プレゼンテーションのアイスブレイクを3つ考えて、スピーチ原稿(トランスクリプト)を下記の条件で英語で作成してください。
・オーディエンス:40−50代のITビジネスのマネージャー、経営者、アメリカ在住
・英語のレベル:スピーカーである私はIELTSで6.0のレベルであり、英語のネイティブスピーカーではありません。
・単語の選択は上記の私の英語レベルに合わせたものにしてください。ただし、同じ単語や表現方法を多用すると飽きてしまうので、ある程度バリエーションを持たせてください。
・スピーチの長さ:1分間に200〜250ワードのスピードで2分程度の量にしてください。
・スピーチの中でオーディエンスを惹きつけるために重要かつ強調すべき単語は太字にしてください。
・差別的な内容やフォーマルなビジネスカンファレンスにふさわしくない内容は避けてください。
・アイデアは次の3つのパターンで考えてほしいです。
(1)一般的かつ簡単なもの、
(2)カジュアルでフレンドリーなもの、
(3)アメリカで活躍するアジア人のコメディアンのようにウィットに富むもの
・オーディエンスに疑問を投げかける形で手を上げさせるまたは身体を動かすなどオーディエンスを巻き込むものがよいです。
まとめ
スピーチ原稿の作成は冗談や切り返しなども含めて作っておくことが必要です。究極を言えば、細かい内容を一生懸命作るよりもその場をどのように暖めるか、自分がオーディエンスの場合、おもしろいと思うかなどの視点で作ることが大事です。
そして、何度も言いますが、北米は多様な人で構成されています。聴衆に対する深い理解と尊敬を込めつつ、メッセージを強力に伝えることが鍵となります。準備と練習を重ね、自信を持ってステージに立ちましょう。次回は、プレゼン本番での具体的な対応について詳しく解説します。
下記のフォームから実際に私が直近のプレゼンで使ったスライドとトランスクリプトをダウンロードできる様にしました。