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【書評】無敵のマーケティング 最強の戦略

無敵のマーケティング とらうと

本書は、『ポジショニング』(原著:1981年)、『独自性の発見』(原著:2000年)などで著名なジャック・トラウトによる戦略論。原題は“Trout on Strategy” (原著:2004年)で、そのまま訳せば「トラウトの戦略(論)」という書名で、マーケティング戦略を考える際、その原理・原則を述べたものです。

今日では、ビジネスにおいて戦略という言葉を耳にしない日はありません。しかし、これがビジネス常用語となったのは、おそらく1970年代半ば以降のことだろうと思われます。

それというのも、ドラッカー著『創造する経営者』(1964年)の最初の原題は『事業戦略』でした。しかし編集者や経営学者、経営コンサルタント、企業エグゼクティブなどから「戦略は軍事用語であって、ビジネス用語ではない」ので使うべきでないと却下され、書名を変更した経緯があるからです。

戦略とは何か : そもそも戦略論とは

戦略会議の写真

戦略についての古典というと、『孫子』(紀元前500年頃)、クラウゼヴィッツの『戦争論』(1832年)の2著が知られています。これらの歴史的名著を読むことで学びや得ることもあるでしょうが、これらは軍学者によるあくまでも戦争論の書であり、兵士たちの生死または国の存亡にかかわる問題について著されたものです。とくに19世紀のクラウゼヴィッツは、国民戦争を見て「絶対的戦争」とまでいい、敵を完全に打倒する戦争論です。

もちろん、企業や製品・サービスが、市場において競合と顧客獲得にしのぎを削り、競争に勝つことは市場における戦争だという考え方もできることは理解できます。

経営戦略やマーケティング戦略において、そうした古典を引き合いに出しながら解説している著書もあります。また、コカ・コーラの元CMOセルジオ・ジーマンは、競合ペプシの「クリスタルペプシ」を市場から葬り去るため「タブクリア」を「死なば諸共」で市場投入した例など、確かに戦争といえなくもないでしょう。

アル・ライズ との共著で『マーケティング戦争 全米No.1マーケターが教える、勝つための4つの戦術』(原著:2006年)では、陣地は市場、敵は競合他社、標的は顧客の心、武器はメディアだとトラウトも述べています。

しかし、マーケティングにおける戦略とは、はたして本当に戦争の戦略論と同じように考える、あるいは実際にそれに基づいて行動すべきものなのかということについて、おそらく誰でも考えたことがあるのではないかと思います。

マーケティングにおける「戦略」: ポジショニング

マーケティングストラテジー

本書で、トラウトは戦略について以下のように述べています。

“わたしが考える戦略とは、既存の顧客や見込み客に、その独自性を伝える最善の方法を考えることである。”

そのための戦略がポジショニングです。

コトラー教授も「革命的コンセプト」と呼んだこの考え方について、“ポジショニングとは、見込み客の心の中で自社を際立たせる方法”であるともトラウトは語っているのですが、この考え方はトラウトだけに限りません。

3年前に書評で紹介した『戦略の原理〜独創的なポジショニングが競争優位を生む』(著者:コンスタンチノス・マルキデス)をはじめ、マイケル・E・ポーター『競争戦略論』、ドラッカーが唯一推薦文を寄せた『戦略とは何か:ストラテジック・マネジメントの実践』(共著:C・A・デ・クルイヴァー、J・A・ピアーズⅡ世)など、こうした戦略についての著書などはいずれもみな事業やマーケティングにおける戦略とは、ポジショニングのことであると述べています。

つまり、マーケティングにおいて採択できるいくつかの選択肢の中で、そのコアとなるのは、競合他社にはない独自の存在になるための優れたポジショニングをいかに構築できるかにかかっている、ということが共通している戦略論の基本なのです。

トラウトがマーケティングにおいてポジショニングという言葉を使用したのは、ウェブスター社『ニュー・ワールド・ディクショナリー』で戦略についての下記の解説からです。

“大規模な軍事を立案・指揮する科学。敵と交戦するまえに、有利なポジションを確立する方法”

戦わずに勝つ戦略 : No.1ではなくOnly One戦略

光る指

戦略論の古典として有名な『孫子』の有名な言葉、“百戦百勝は善(ぜん)の善なるものに非(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり”(謀攻篇)というのがあります。

もちろん戦略にはいろいろな要素や側面があり、自社、競合、市場、顧客などだけではなく、ありとあらゆる環境と状況やその変化が戦略に影響を与えます。それだけに、ポジショニングだけで成功することが保証されるわけではありませんが、それに失敗すれば成功できないことも確かでしょう。

そうした戦略を選択できる企業は、決して多くはないこともまた事実です。なぜなら独自性こそもっとも難しい戦略だからです。もしもこの戦略を採択できれば最善だということができ、競合との「微細な差別化という名の同質化」による消耗戦から抜け出すことができます。

顧客獲得競争、市場でのシェア争い、売り上げや利益率などでNo.1だ、No.2だなどと一喜一憂することから自由でいることができます。

そうした企業や製品・サービスがその優れたポジショニング=独自性を構築できれば、先の孫子の言葉に倣えば最善の戦略を選択することができます。数多くの企業とその製品群が市場で群雄割拠しているなかで、消費者にはそれとすぐにわかる独自のポジションを確立し提供できるからです。

アップル社とダイソン社は、まさしくそうした企業の代表格で、両社ともにその独自性を発揮した製品群で人気が高くブランド力が強い存在です。

そのアップル社の故スティーブ・ジョブズは「なにをしないのかを決めるのは、なにをするのかを決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。」と述べています。トラウトも同じように、どの様な戦略を立案するのかは重要だがどの戦略を採択しないのかも重要だと述べています。

「トラウト戦略論」のエッセンスを凝縮した書

マーケティングストラテジー

トラウトのマーケティング戦略につての言説を私なりにまとめると、戦略は顧客の心を獲得するための戦争で、それは競争であり独自性(真の差別化)が必要であると同時にシンプルでなければならないということです。

顧客の獲得というと、誰でもすぐに顧客志向という言葉を思い浮かべます。顧客の声を傾聴しフィードバックを求め、さらにデータに基づいた購買履歴を分析し、顧客の嗜好を把握し、満足度を高めることは今ではどの企業でも当たり前になっていますし、顧客もそう思っています。したがって、顧客志向や顧客満足度、高品質・高性能、グッドバリューなどはいまや差別化にはつながらないのだと。

顧客はよほど耐えがたい不満でもない限り、別の製品やサービスに買い換えることはしないのが常です。なぜならば、心理学者が「現状維持の心理」と呼ぶように、人の心は変化を嫌うからです。

差別化は往々にしてトップ企業の製品やサービスにまず追随し、そこに少し自社としての特性(高機能、サービスなど)を付加し、トップと同じだが少しだけ違う特長(優位点)を打ち出せればと、ほとんどが同じように考える傾向があると主張します。しかし、それでは競争相手と同じ土俵内にいることに変わりはないと。ポジショニングの重要性はだれもが理解しているはずだと思われていますが実際にはそうではないと語り、だから『独自性の発見』を著したと述べています。

しかもそうした差別化は顧客本位ではなく、顧客の多様なニーズに応えるためと称して提供する企業側の論理でしかないのです。多くのモノが市場に溢れ、選択肢が増え続けることで顧客はますます選ぶことの煩雑さに嫌気がさし、ストレスを増大させる結果にしかならないと。

本書のなかで、トラウトの考え方で特長的だと思えるのは、マーケティング調査についての忠告、戦略はボトムアップですべきだという2点です。

マーケティング調査では、いまは情報過多な時代でデータが不足するということはなく、むしろ有りすぎることこそが問題なのだと。一過性の流行にしか過ぎないことが、あたかも重要なファクターであるかのようにメディアでも喧伝されることがあります。したがって、今日では情報は決して戦略的な武器にならないと。

またテストマーケティングは人気ですが、間違いやすく火薬庫と同じなので注意すべきだ述べています。

こうした調査に対するトラウトの視点は、P&Gやキャンベル・スープのコンサルティング経験から得た知見のようです。マーケティング調査は顧客の態度を現してはあるが、それが必ずしも実際の消費行動に結びつくことを保証していることにはならないと語ります。

2つめは、戦略はトップダウンではなくボトムアップで行うべきだという主張。この考え方は、一般的なまず戦略があり戦術はそれ随うものという一般的な考え方があります。クラウゼヴィッツの「戦術の失敗は戦略で補うことが可能だが、戦略の失敗は戦術で補うことはできない」という言葉が有名です。トラウトの考え方はそれとは逆なのです。長年にわたり、米国の大手企業の戦略立案に関わってきたトラウトは、経営層やマーケティング戦略部門によるトップダウンではなく、現場を熟知して戦術を実行する者が戦略立案すべきなのだと。

戦術とは結果をともなう切り口なので、顧客の心の中で効果を発揮すればよいのであって、戦略的に正しいか否かを検証したり問うことではないと。現代はVUCAと呼ばれ、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)などが常態化している時代です。中長期的な戦略も大切ではあるのですが、この様な環境下の企業において、あらゆる状況に当てはまる万能な戦略などはあり得ないことも事実で、したがって不測の事態などに柔軟に対応できる考え方と組織、戦略と戦術こそが求められています

トラウトの考え方は理解できるのですが、これには課題もあります。それというのも、現場に携わっている人たちは日々の業務に忙殺され、時間を費やしてさまざまな環境分析を行い、それを基にして思考をめぐらしながら戦略を立案するだけの時間を実際にはなかなか確保できないからです。

したがって、戦略を立案する部門または担当者と現場の担当者がチームを組んで戦略立案をすることができれば、おそらく理想的ではないかと思います。もちろん、これとても、企業規模、組織体制、人材や企業文化などによっても異なるので簡単なことではないでしょう。

またトラウトは、数値目標にも異論を唱えています。経営層は数値目標を設定してそれを望み通り達成するのが好きで、それを達成できないことは許されないことだと圧力をかけることになり、それに固執することで間違った選択や意思決定をしてしまうことがあるのだと述べています。

本書の文末を飾るのは、HP創業者のひとりデイヴィッド・パッカードの有名な次の言葉です。

“マーケティング部門に任せておくには、マーケティングは重要過ぎる”

本書は、全8章180ページほどの新書サイズのコンパクトさで、これまでジャック・トラウトのコンサルティングを通じて得てきた知見、数々の著作(アル・ライズとの共著を含む)のエッセンスを集約した1で、本文中には事例とともにそれぞれのテーマについての該当する著書を紹介しています。そうした中から関心のあるテーマや著書を見つけて読むとよいでしょう。

本書だけではなく、ビジネス書は刊行点数が多いこともあって足が速く、数年ですぐ絶版となってしまい一般書店では入手が困難な著書も多いのですが、ブックオフやアマゾンで手軽にしかも安く購入できるので、ご興味のある方はそれら各々の著書を手にすることをおすすめします。

【おすすめ記事】

【書評】『独自性の発見』(著者:ジャック・トラウト、スティーブ・リブキン/海と月社)
【書評】『戦略の原理〜独創的なポジショニングが競争優位を生む』(著者:コンスタチノス・マルキデス/ダイヤモンド社)
【書評】『競争としてのマーケティング』(著者:丸山謙治/総合法令出版)



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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。